第68話/五章-⑰
「この……ウンコ製造機がぁぁぁぁぁあ!」
薄暗い教室に銀髪少女の怒号が響き渡る――
純文学作家を目指すも挫折し、国内でも珍しい文学科を備えた高等学校『高村学園』に就職した和久井耀は、文芸部の顧問を任される。しかし、待っていたのは通称『ラノベ窟』。ライトノベルをこよなく愛する変人の巣窟だった。
新進気鋭の女子高生プロライトノベル作家に囲まれ、『ラノベ窟』の非常識な活動に翻弄されながら、耀は至高の作品を書き上げることができるのか――!?
【登場人物】
和久井耀 高村学園常勤講師
那津川紗里緒 執筆ジャンル:王道ファンタジー
紺野響 執筆ジャンル:男性向けラブコメ
ユピテル 執筆ジャンル:MMORPG中心
卍風理 執筆ジャンル:異世界転生モノ
小早川優奈 執筆ジャンル:女性向け恋愛小説
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「ヒャッホー☆」
満月の下をデッキブラシに跨った二人が滑空する。無防備にも生身で大空を蛇行しながら飛ぶ恐怖に、普段ならブルっていただろう。
しかし、今は目の前の画面から目を離せない。
「後ろでずっとパソコンを打たれてると気になるんですが……」
今は一分一秒が惜しい……。
この記憶が尽きる前に、全てを書き留めなければ……紗里緒の言った事……響の教えてくれた事……ツグミの好きなもの……優奈と話した事……風理の奇行……その全てを……。
――形として残しておかなければいけない!
風理と会って、記憶の欠落は多少緩やかになっている。魔力の影響を受けているせいだろう。しかし、書き換えが止まっているわけではないと、本能が警鐘を鳴らす。俺はただただキーボードを叩く機械の如く、腕を動かし続ける。
「……すごい集中力……」
風理の声も、吹き抜ける風の轟音も、既に俺の耳には届いていなかった。
草を踏みしめる音で我に返った俺は、キーボードを弾く手を止め、画面から顔を上げる。
「風理……なぜここに……それに、その人は……?」
気がつくと月は没し、陽が昇り、辺りは薄明かりに満たされている。
「おはよ……雲雀……」
デッキブラシを抱えたまま座り込んだ風理が、眠気眼を擦り擦り応じた。
「……やっと……会えた……」
唖然とした表情で突っ立っている雲雀に、俺はこれまでの経緯を語って聞かせた。
「そんな話……信じられませんよ……」
逆の立場であれば俺だって、ただの狂人としか認識できないだろう。
「信じてもらわなきゃ、困る。ⅰAI」
「なぜその名を⁉」
紗里緒の暴いたペンネームの秘密を、ここぞとばかりに突きつける。
「それに、魔女の風理と一緒にいるってのが、何よりの証明だろう? 嘘じゃないんだよ」
「信じられない……」
そう洩らす雲雀だったが、信じざるを得ない様子は明らかだった。
「……では、和久井先生は、那津川家の親子喧嘩でとばっちりを喰らった挙句、風理の魔力暴走に巻き込まれて、過去を巡り、再び現在の時間軸へ戻ってきた、と……」
「もう先生じゃねぇよ……」
改めて人の口から聞くと、ひどい目に遭ったと痛感する。
「……しかも、在りし日の総合文芸部を元通りに再興したいと考えている……」
腕を組んで考え込んでいた雲雀は、納得しかねるように目を伏せた。
「そうだ」
「ドMですか?」
おもむろに顔を上げた雲雀は、真剣な声で言い放った。
「放っとけ! 何かいいアイディアはないか?」
意見が聞きたいのであって、感想を聞きたいわけではない……。
「そうですね……彼女たちの本質は変わっていないはず……心の奥底に眠る価値観……魂の矜持を揺さぶれば、あるいは……」
「魂の……矜持……」
俺は知っている……あいつらが魂を燃やし、苦痛と暗澹の末に産みだした物語を……
「まずは、彼女たちに会うべきです。講師として再び教壇に立てるよう、手を尽くしますよ」
ようやく平静を取り戻しつつある雲雀は、柔らかな笑顔を浮かべて申し出た。
「……だめなんだ。こっちの俺は教育実習そっちのけで執筆していた。大学も中退だ。だから、教員免許なんて持っていないんだ……」
「では、事務や用務員として……」
俺はゆっくりと頭を横に振った。
たとえ職員として高村学園に潜り込めたとしても、あいつらの顧問に就くことはできない。強引に言い寄ったところで、拒絶されるのは目に見えている。教員免許を取り直すか? いや、時間を掛けてしまっては、優奈を救えない……。詰んだ……今の俺では彼女たちに接触することばかりか……同じ空間にいることすらできない……
いや、待てよ……同じ空間、か……
「雲雀……俺の些細な願いを一つ、聞いてくれないか?」
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