第67話/五章-⑯
「この……ウンコ製造機がぁぁぁぁぁあ!」
薄暗い教室に銀髪少女の怒号が響き渡る――
純文学作家を目指すも挫折し、国内でも珍しい文学科を備えた高等学校『高村学園』に就職した和久井耀は、文芸部の顧問を任される。しかし、待っていたのは通称『ラノベ窟』。ライトノベルをこよなく愛する変人の巣窟だった。
新進気鋭の女子高生プロライトノベル作家に囲まれ、『ラノベ窟』の非常識な活動に翻弄されながら、耀は至高の作品を書き上げることができるのか――!?
【登場人物】
和久井耀 高村学園常勤講師
那津川紗里緒 執筆ジャンル:王道ファンタジー
紺野響 執筆ジャンル:男性向けラブコメ
ユピテル 執筆ジャンル:MMORPG中心
卍風理 執筆ジャンル:異世界転生モノ
小早川優奈 執筆ジャンル:女性向け恋愛小説
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電車とバスを乗り継ぎ、ようやく高村学園の外壁へ辿り着く。
すでに正門は閉じられているだろう。教職員用通用口へ向かうと、守衛のオッサンが目を離した隙に、潜り込む。
月明りを浴びながら、部室棟は変わらずそこにあった。戸締り巡回の際に見つけていた、鍵が壊れたままの窓枠から侵入を果たす。不法侵入もいいところだ。
真っ暗な廊下を抜け、見慣れた部室の前に立つ。扉の上には相変わらず、『総合』と書かれた紙の切れ端がペラリと垂れ下がっている。人の気配を感じない扉へ手を掛ける。引っ張っても開かない。当然か。もちろん、鍵がかかっている……。
次の瞬間、ガチャリと鍵の落ちる音が響く。俺の心臓は飛び出しそうに跳ねた。僅かな期待と、大きな不安を抱えながら間合いを取ると、開いた扉の薄い隙間から、とんがり帽子が姿を現した。
「風理!」
俺は思わず叫んだ。
「……先生……ごめんなさい……」
俯いたままの風理は小さく呟く。
その瞬間、俺の脳裏に短刀を突きつける異形の魔女がフラッシュバックする。背筋は凍え、足が震える。
しかし、肩を落としすすり泣く弱弱しい魔女を見下ろすと、深呼吸に似た溜息を吐き出した。
「もう身体は大丈夫なのか?」
「……はい……ごめんなさい……」
風理は両手で顔を覆って、さめざめと泣き続ける。
「もう、いいよ……お前が無事なら、それで……」
そこまで言って俺の脳に電撃が走る。やはり……記憶が……⁉
「風理!」
「ひゃい⁉」
俺の叫びに、風理は飛び跳ねるように一歩、後退った。
「お前は記憶が残っているのか⁉ 俺を覚えているのか⁉」
「……え、えぇ。私の肉体と魂は、魔力によって繋がっています。並行世界を潜っても、記憶は積み重なり、消えることはありません」
やはり、風理は記憶を保持している……。
旧知に出会った安堵が心を軽くする。
「良かった……それなら……他の人間の……例えば紗里緒の記憶も魔法で取り戻せるのか⁉」
「それは……ごめんなさい。無理、なんです。そもそもこの世界の人間には魔力を扱う回路が備わっていませんし、脳のキャパシティを越えてしまいます……一つの時間軸の記憶しか、保持し続けることはできません……魔力暴走の渦中にあった先生はともかく、他の人の旧い記憶は既に欠落していると思われます……」
「実際、そうだった……紗里緒は俺の事を覚えていなかった……晴彦と仲良くしてたよ」
再び絶望に突き落とされた俺は、力なく椅子に腰を落とす。
「会ったんですか⁉ この僅かな間に⁉」
「あぁ。俺が働いてるコンビニへ来たんだ。客として」
腕を組む二人を思い出しただけで吐きそうになる。
「ありえない……。目隠しして、針に糸を通すような確率ですよ……それ。二人は出会うべくして出会った……それはまさに奇跡としか言いようがありません!」
目をキラキラと輝かせた風理は、まるでオペラのように大仰に述べ立てた。
「あいつ……ライトノベルを低俗って言いやがった……起こるなら、もっとマシな奇跡が良かったよ……また元通り、ラノベ窟として活動できるような……」
「で、でも、良かったこともありますよ? レクサスのローンが帳消しになりましたし……」
うなだれる俺に、軽薄な励ましが投げられる。
「そういう問題じゃねぇだろ!」
一蹴された風理は、
「……で、ですよねー……ごめんなさい……」
身を縮こませて元通り、お通夜の参列者の如き雰囲気へ回帰する。
「ラノベ窟は今、どうなってるんだ?」
居たたまれなくなった俺は、話題を変えた。
「今は私と、ユピさんしかいません。もっとも書いているのは私だけで、ほぼユピさんのゲーム部屋と化していますが……紗里緒ちゃんと響ちゃんは、文芸部に入部しました。しつこく勧誘したんですが、取りつく島もありませんでした」
そりゃ、予備知識なしで魔女の姿をした風理に勧誘されたら、警戒するだろう……。
優奈は言わずもがな、誰とも出会ってすらいないに違いない。今も苦悩を続けているはずだ。
「二人とも執筆を続けていますが、楽しそうじゃなくって……自分を押し殺して書いているようで、どこか痛々しいんですよね……」
俺は逡巡する。今の俺に何ができるのか、と。
「こんな時に雲雀がいれば、いいアイディアが浮かぶのかもしれませんが……」
何気ない風理の呟きに、俺は思わず立ち上がった。
「そうだ! 雲雀! 雲雀はどこにいる⁉」
「さぁ……あの人は気紛れですから。携帯電話も持ってないですし……」
そうだった……合宿での徒労が脳裏を過ぎる。
「魔法で探せないのか⁉」
「私の魔力に干渉されないように祓いの祭具を身に着けていますから、難しいですね……」
「役に立たねぇー!」
意外と使えない残念魔女への幻滅で、思わず心の声が口をついて出てしまった。
「そんなぁ……」
今にも泣き出しそうな風理の顔を、月明りが照らしている。
話している間にも、月は廻り、その位置を変えたに違いない。廊下に面した窓から、薄明かりが洩れている。
「中秋の……明月……」
天啓の閃きを得た俺は、立ち上がり、スマホを取り出して、カレンダーを確認する。
「明日は秋分の日じゃないか!」
「びっくりしたぁ……それがどうかしましたか?」
突然の叫びに肩を震わせた風理が、小首を傾げて俺の顔を覗き込む。
「……お彼岸だ……しかも、月命日……。律儀なあいつのことだ。きっと墓参りに現れる!」
「あ……」
風理が間抜けな声を洩らす。
「車で……って、紗里緒に出会ってないんだから、買ってるわけないんだった……始発で間に合うか……いや、タクシーで……」
俺は財布を取り出して、中を見た。
とてもじゃないが足りない。どの時間軸においても、俺の財布が潤沢な試しは無かった。
「先生、役立たず発言を撤回してください……私を誰だと思ってるんですか……」
掃除用具入れからデッキブラシを取り出した風理が胸を張る。
「魔女ですよ☆」
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