第66話/五章-⑮
「この……ウンコ製造機がぁぁぁぁぁあ!」
薄暗い教室に銀髪少女の怒号が響き渡る――
純文学作家を目指すも挫折し、国内でも珍しい文学科を備えた高等学校『高村学園』に就職した和久井耀は、文芸部の顧問を任される。しかし、待っていたのは通称『ラノベ窟』。ライトノベルをこよなく愛する変人の巣窟だった。
新進気鋭の女子高生プロライトノベル作家に囲まれ、『ラノベ窟』の非常識な活動に翻弄されながら、耀は至高の作品を書き上げることができるのか――!?
【登場人物】
和久井耀 高村学園常勤講師
那津川紗里緒 執筆ジャンル:王道ファンタジー
紺野響 執筆ジャンル:男性向けラブコメ
ユピテル 執筆ジャンル:MMORPG中心
卍風理 執筆ジャンル:異世界転生モノ
小早川優奈 執筆ジャンル:女性向け恋愛小説
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雲一つない闇空には、白く綺麗な満月が浮かんでいる。
視線を落とす。どうやら客ではない。コンビニ店員特有の制服を身にまとっている。ポケットから震える手でスマホを取り出して、恐る恐るカレンダーを確認すると、風理に襲われた同年同日の日付が表示されている。
帰ってきた……しかし、思考が入り乱れ、頭が割れるようだ。
俺の知っている過去は急速に朧げになり、知らない過去が記憶を塗りつぶすように染み広がっていく。
「……俺は……何をしてるんだ」
手のひらをじっと眺めながら、真新しい感触の記憶を努めて冷静に手繰っていく。
――結局、応募するはずだった新人賞は突如として中止が発表された。他の賞レースでも落選し続けた俺は、理性を失い、なにふり構わず書き続けた。それでも作家の夢を諦めきれず、大学を中退、両親の説得も聞かず実家を飛び出し、フリーターとなって執筆を続けている。コンビニのバイトで糊口をしのぐ生活だった。
運命の転換点……。
俺が飛ばされた三年前のあの時点は、紗里緒と晴彦だけでなく、俺自身にとっても運命の転換点だったのだ……。後先を考えず折笠を蹴散らした事で、新人賞は中止になった……。そして、俺は今、ここにいる……。未来は思いもよらぬ方向へ転がり落ち、大きく変わってしまった……。
「タイムパラドックス……」
考えを巡らせる間にも、記憶の上書きは続いている。
呆然とする俺を車のヘッドライトが照らし、眼前にレクサスが停まる。
型式も、ナンバーも、見まごうことなく俺の車だ。助手席から軽やかに降りてきたのは、紗里緒だった。俺は、月光が乱反射する銀髪から目を離せなかった。
「早く入ろ? 私、アイス食べたーい」
テンション高くスキップしながら駆ける紗里緒を、
「いいけど……、太るぞ?」
茶化しつつ運転席から降りてきたのは、見知った人物だった。
「……那津川……晴彦……」
腕を組んで歩く二人を目の当たりにして、声にならない声が洩れる。
「大丈夫! 帰ったら、原稿の続きするんだからぁ」
待て待て待て……この猫なで声の少女が、本当に紗里緒なのか……?
「じゃ、好きなのを選びなさい」
そして隣にいる、鼻の下の伸びきった情けない笑い顔のオッサンが晴彦……?
「やったぁ♪」
紗里緒の語尾に音符が見える……⁉
脳内の錯乱を抑えられず、店内へ入っていく親子を唖然と見送る。一歩も動く事のできない俺はその場に立ち尽くしていた。
「……お、おい! 紗里緒!」
買い物を終え、車へ向かう紗里緒を、縋るように呼び止める。
「……あなた……思い出したわ……。以前、公園で声を掛けてきた……」
その記憶力は相変わらずの冴えを見せている。
しかし、それは在りし日の記憶をすべて、失っているという事実を強く浮き彫りにする。
「……仲直りできて、良かったな」
記憶も感情も整理がつかない。拙い皮肉をぶつけるのが精いっぱいだった。
「えぇ、まぁ。その節は、どうも……。でも、あなたに言われるまでもなく、父さんとは仲直りできていたわ。私たち、お互いに尊敬し合っているもの……」
見つめ合い、頷き合う親子の間に、俺が入り込む余地はない。
「それは良かった……調子はどうだ? ライトノベル、書いてるんだろう?」
漠然とした不安を伴って投げた言葉に、失笑に似た溜息を吐いた紗里緒は、
「ライトノベルぅ? あぁ、あの低年齢向けの低俗な小説ね……。何故、私が?」
平然と吐き捨てた。
「低俗……」
信じられない言葉に足元が揺らぐ。
まさか、紗里緒の口から、その言葉を聞く日が来るとは思わなかった。
ガクガクと震える膝を止めることができない。
「ごめんなさい。私、父さんとどっちが早く芥川賞を獲れるか競争してるから……」
そう言い残して車へ乗りこむと、走り去った。
俺は紗里緒とライトノベルとの出会いを回想していた。朧げな記憶の断片の中、紗里緒が晴彦に放った言葉を辛うじて思い出す。
確か、こう言ったんだ。
『……アンタの所から出て行って良かった……。アンタに弟子入りを拒否されたあの日、私はツグミのマンションへ逃げ込んだ。そこで、雲雀の書いたライトノベルと出会ったの。衝撃が走ったわ。こんなに自由で、晴れやかで、心を揺らす物語の世界があるんだって、ね……。あのまま、アンタの弟子になんてなってたら、私が私じゃいられなかった!』
……あの日、実家へ戻り、晴彦と和解したのであろう紗里緒は、ライトノベルと出会いすらしなかった。晴彦とともに純文学を追求しはじめたのだ。未来を大きく変えてしまった。変え過ぎてしまった……。混乱する記憶と並行するように、取り返しのつかない事をしてしまった己の安易な行動に暗澹とした感情が渦を巻く。
スマホを取り出す。ロックを外し、連絡先を表示するが、高村学園に関係するものはすべて、失われている。
「……そりゃ、そうか。今の俺はあいつらの誰とも出会っていないのだから」
俺を覚えていて欲しい人たちの記憶から、俺という存在は消えている。異世界転生ってこんな感じなのかもな……ハハッ、まるで風理の書いた作品みたいだ……。
「……風理……は、なんて言ってたんだっけ……」
『この三年間、私、一生懸命、元通りにしようとしたんです……でも……』
そうだ……三年間、風理はこの変わってしまった世界の中で生きていた……。
なぜ、アイツは未来が変わった事を知っていた……? 世界が変わった事を知っていた⁉
制服を脱ぎ捨てた俺は、コンビニを飛び出した。
「……会わないと……」
涙が一筋、頬を伝う。
こうしている間にも、過去の現在は急速に色を失い、変えようのない今が現実として定着しつつある。
「風理に会わないと……」
心を圧し潰そうとする寂寥を何度も振り払って、俺は駅へと駆けた。
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