第65話/五章-⑭
「この……ウンコ製造機がぁぁぁぁぁあ!」
薄暗い教室に銀髪少女の怒号が響き渡る――
純文学作家を目指すも挫折し、国内でも珍しい文学科を備えた高等学校『高村学園』に就職した和久井耀は、文芸部の顧問を任される。しかし、待っていたのは通称『ラノベ窟』。ライトノベルをこよなく愛する変人の巣窟だった。
新進気鋭の女子高生プロライトノベル作家に囲まれ、『ラノベ窟』の非常識な活動に翻弄されながら、耀は至高の作品を書き上げることができるのか――!?
【登場人物】
和久井耀 高村学園常勤講師
那津川紗里緒 執筆ジャンル:王道ファンタジー
紺野響 執筆ジャンル:男性向けラブコメ
ユピテル 執筆ジャンル:MMORPG中心
卍風理 執筆ジャンル:異世界転生モノ
小早川優奈 執筆ジャンル:女性向け恋愛小説
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「……ククク……アーッハハハッハハ……ライトノベルで、だと……それは傑作だ!」
晴彦の無遠慮な笑い声が店内に響き渡り、
「君の妄想は一流だよ! 私が保証する!」
嘲るような皮肉が俺を射る。
しかし、自分でも不思議なほど、心は平静を保っている。
「笑ってくれて、ありがとう……」
思わず口元が緩むのを自覚する。馬鹿にするつもりはなかった。
ただ、喉元を這い上がってきた薄い笑いが、無意識に口を通過した。
「……なんだと?」
「あぁ……確信した。あんたはそれまでの人だった……。ただライトノベルというだけで、その可能性を信じられない。自分の物差しでしか、人の幸せを測れない……。紗里緒と出会う前の俺と同じ、そこら中にいる、ただの人だった……。紗里緒の越えるべき壁にすら成りきれない挫折を味わいながら、独り寂しく、余生を過ごせばいい……」
俺と反比例するように、晴彦の顔から笑みが消える。
「常識を疑え……理性を越えろ……紗里緒の信念だ。それは父からの脱却に他ならない……自分の殻に閉じこもったままのあんたには、決して娘を越えることはできない」
「……詭弁だ」
眉をひそめた晴彦の短い言葉は、自らに言い聞かせているかのように重く、深い響きを伴う。
「……あんたには分かっているはずだ……紗里緒の気質と才能を。そして、己の弱さと過ちを……。これは、ただの空想ではない……」
俺の目をまっすぐに見つめた晴彦は、カップを静かに置くと、残ったコーヒーに映った自分の姿を見据えた。
「……それで、未来からの使者は、私にどうしろと?」
「紗里緒の話を聞いてやれ。今日だけでいい。逃げるな! 逃げずに、話を聞いてやるんだ」
「……」
不貞腐れたように俯いたままの晴彦は、考え込み、口をつぐむ。
「何故、紗里緒と向き合わない? 娘を心配しているし、期待もしているはずだ」
「当然だ。心配もするし、期待もする。子の成長を喜ばない親はいない。しかし……。君は……子供がいるか?」
それはホテルの中庭で紗里緒と対峙した時の、囚人のように固く冷たい表情だった。
「結婚すらしてないよ……」
「そうか……子供ができたら君にもわかるさ……。小さな頃は、ただただ愛しくて堪らない。……しかし、身の丈が伸び、同じくらいになってくると、だんだんと感じる。自分の分身が、自分を追い越していくんじゃないかっていう焦りを……。特に、私のような職なら尚更だ」
自嘲するように晴彦は冷たく笑う。
「……それでも、愛していることに変わりはないだろう?」
「愛している……か。愛の伝え方は人によって異なる。これは……君にはまだ、わからんよ」
「それこそ詭弁だ」
俺に一瞥をくれた晴彦は目を逸らすと、薄く深く溜息を吐いた。
「下手な横槍は価値観を変える。そして、才能を殺す……出来のいい子を持つと、一筋縄ではいかんのだ……」
それは晴彦なりの回りくどい親バカであり、精いっぱいの愛情表現だった。
「それでいいじゃないか……素直に伝えてやれよ、本当の想いを……」
「……ふむ」
俯いた晴彦は、深く逡巡している。
「……未来の娘は書いているんだな?」
「あぁ……命を燃やして書いてるよ……止められる余地なんて、どこにも無い」
俺の言葉を捉えた晴彦の瞳に一瞬、今までにない生命力が迸る。
「興が醒めた……帰る……」
不意に立ち上がった晴彦は、
「……今日のところは君の戯言に付き合ってやろう……」
擦れ違いざまに捨て台詞を呟くと、振り返ることなく店を出て行った。
……もう大丈夫だろう。仲直りのお膳立ては全うしたはずだ。あとは二人がちゃんと話し合えば、解決するに違いない。緊張から解放された安堵で、その場に膝から崩れ落ちた。
その時、けたたましい音でスマホが俺を呼ぶ。画面へ目を移すと、出鱈目な文字と記号の羅列が表示されている。震える指を自覚しながら、恐る恐る通話ボタンを押した。
『……せんせい……ごめんなさい……』
途切れ途切れの甘い声が、通話口から洩れ出した。
「風理か⁉」
『先生……本当に、ごめんなさい……』
その声は掠れ、時折、鼻を啜る音が混じっている。
「風理! 正気に戻ったのか⁉」
思わず放った大声が、店内の注目を集めてしまう。
『はい……ごめんなさい。暴走した魔力のほとんどを発散したので、もう大丈夫です……。今から先生を元の時間軸へ引き戻します……』
睨みつけるマスターへ無言で何度も頭を下げ、身を縮こませて通話を続ける。
「良かった……もう戻れないのかと焦ってた……。とにかく、お前が無事ならそれで……」
安堵が俺の心を晴れやかにする。しかし、風理の声は一向に暗いままだった。
『この三年間、私、一生懸命、元通りにしようとしたんです……でも……』
か細い声音で歯切れ悪く語り続ける風理が、
『先生が知っている世界とは違うんです……未来が……大きく変わってしまった……』
突然、想像を絶する告白を突きつける。
「は? ちょっと、待っ――」
目の前が真っ白になる。店内に流れていたはずのクラッシックが、突如として途切れた。
またしても、全身をくまなく包み込んだ光の帯は、視覚と聴覚に次いで、意識を奪い去った。
気がつくと、俺はコンビニの店頭で今にも溢れそうなごみ袋を抱えていた。
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