第64話/五章-⑬
「この……ウンコ製造機がぁぁぁぁぁあ!」
薄暗い教室に銀髪少女の怒号が響き渡る――
純文学作家を目指すも挫折し、国内でも珍しい文学科を備えた高等学校『高村学園』に就職した和久井耀は、文芸部の顧問を任される。しかし、待っていたのは通称『ラノベ窟』。ライトノベルをこよなく愛する変人の巣窟だった。
新進気鋭の女子高生プロライトノベル作家に囲まれ、『ラノベ窟』の非常識な活動に翻弄されながら、耀は至高の作品を書き上げることができるのか――!?
【登場人物】
和久井耀 高村学園常勤講師
那津川紗里緒 執筆ジャンル:王道ファンタジー
紺野響 執筆ジャンル:男性向けラブコメ
ユピテル 執筆ジャンル:MMORPG中心
卍風理 執筆ジャンル:異世界転生モノ
小早川優奈 執筆ジャンル:女性向け恋愛小説
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喫茶リンデンは老舗らしい雰囲気を漂わせる純喫茶だった。
煉瓦造りの外壁に青蔦が這い、黒ずんだ一枚板の看板が年季を感じさせる。窓から中を覗き込むと、目的の人物が一番奥のボックス席に腰かけているのが見えた。
両手で顔を叩いて気合いを入れると、意を決して扉を開ける。
ドアチャイムの軽やかな音が店内に響き渡る。店員の案内を無視してボックス席へ歩み寄った所で、晴彦と向かい合う、思いもかけない顔が視界に飛び込んできた。
折笠……。
俺の担当編集。いや、かつて担当編集だった男だ。出版社が倒産した時、いの一番に雲隠れした男……。
不意の遭遇に、頭が真っ白になった。今までの苦境は、コイツのせいだと言っていい……。
「……で、どうですか、先生……次の新人賞ですが、いい作品はありましたか?」
あの頃と同じ折笠の声が、急速に心をザワつかせる。
「あのねぇ……今はそれどころじゃないんだ……会長とのお付き合いで審査員に名前を貸してはいるが、いちいち読んでいられない。君、適当に選んでおいてくれないか……」
新人賞……? 審査員……? そんな適当に……
「わかりました。では、若くて活きの良さそうなのにしときますね……じゃ、この後、一杯だけ付き合って下さいよ、ねぇ、先生!」
「しかし、娘が……いや、そうだな……今日は呑みたい気分だったかもしれん……」
「そうこなくっちゃ!」
傍らで立ち尽くす俺に気づくことなく、会話を進める二人……。
「折笠ぁ!」
元・担当編集の緩んだ笑みを視界に捉えた瞬間、それまで耐えていた理性が吹っ飛んだ。
「てめぇ、ふざけんな! お前のせいで俺は……」
我を失った俺は、夢中で掴みかかっていた。
「なんだ! 君は……」
突然の襲撃に泡を食った折笠は、ジタバタと虚空を藻掻き続ける。
「俺は和久井だよ! 覚えてねぇのか⁉ てめぇにどれだけネチネチ言われて、没にされたと思ってんだよ! そのくせ倒産した途端に逃げやがって……」
「……和久井ぃ……? 知らんぞ、俺は……」
苦悶の表情を浮かべつつ、声を絞り出す。
「経営が火の車のくせして、新人賞とかやってんじゃねぇよ!」
「それは……⁉ ……なんでお前が知ってるんだ……?」
折笠の反問に僅かの冷静さを取り戻した俺は、掴んでいた襟首を突き放した。
深く息を吐く。
ここは三年前……。コイツが理解できないのも仕方がないのだ。
「……どういう事かね?」
半眼で見据える晴彦に問われた折笠は、不用意な受け答えをした自らの口を押さえつけ、辛うじて苦笑いを浮かべた顔を引きつらせると、
「……き、急用を思い出しました!」
突如叫んで、脱兎の如く逃げ去った。
店内に静寂が降りる。薄く流れるクラッシックが、やけに耳の奥へ響く。カウンター越しに顔を曇らせるマスターは、常連の大作家に文句を言おうか言うまいか、迷っているようだった。
「……まぁ、座りたまえ」
さすが大作家である。
晴彦は冷静に目の前の席を勧めた。……肝が据わっている。
「君は……何者なんだ……?」
「通りすがりの未来人」
適当な自己紹介を無表情で聞いた晴彦は、一拍置いて噴き出した。
「ぷっ……フハハハハ……未来人? それなら、あの出版社との関係も考えないといかんな」
片手でカップを弄ぶ晴彦は、出来の悪い喜劇を茶化すように笑い続ける。
「そんな事はどうでもいい! あんたなぁ、娘を泣かせたままで……碌に話も聞かないで、こんな所で油売ってんじゃねぇよ!」
晴彦の眉が微かにピクリと痙攣する。
「今すぐ家に帰って、ちゃんと話をしろ! 出てっちまうぞ! そうなったら、あんたは後悔することになる。絶対に、だ!」
「……どこで嗅ぎつけたかは知らないが、他人にとやかく言われる筋合いはない。それに、作家には絶対に必要な資質がある……」
コーヒーを一口すすった晴彦は、静かに呟く。
「……他人の評論、批判、忠告をガン無視する能力だ」
それは作家特有の回りくどい否だった。小賢しい言い回しが癇に障る。
「紗里緒はあんたに捨てられたと思ってるよ……才能を見限られたんだ、って……」
「……娘から聞いたのか……まったく……あいつは……」
呆れたように溜息を吐く晴彦が、俺の話をまともに取り合う様子はない。
「信じていないようだから、少し先の未来を教えてやる。紗里緒は家を出て、ツグミと暮らしはじめる……かけがえのない居場所と心強い仲間を得て、メキメキ頭角を現し、中学生でプロ作家の仲間入りだ……」
「……まるで、三流小説だな」
冷たく吐き捨てると、暇を持て余したようにカップの中のコーヒーをクルクルと回す。
「娘の才能に嫉妬したあんたは、学園理事の職権を濫用して、紗里緒を学校から追い出す」
「……意外な展開じゃないか……二流小説くらいに格上げしてやろう」
思う所があるのだろう……カップを持つ手が微かに揺らぐ。
「親子の亀裂は修復不可能になった。それでも紗里緒は立ち上がり、前に進み続ける……史上最年少で直木賞を獲る。しかも……」
「……ほう?」
直木賞というワードに食指を動かされたのか、言葉を切った俺の話を、晴彦は僅かに身を乗り出して聞いた。
「ライトノベルで!」
嘘を吐いたつもりは、ない。これは、確定された近い未来……。
紗里緒がこのまま諦める……それこそ嘘だ! たとえ、父に勘当されたって、部活が休止になったって、プロジェクトが凍結されたって……紗里緒は書き続ける! 何度だって立ち上がって、必ずやり遂げる! 迷って、悩んで、苦しんで、どん底に突き落とされても、それを糧にして這い上がり、己の理性を越える!
……そして、いつも俺の常識を、変えるんだ……。
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