第63話/五章-⑫
「この……ウンコ製造機がぁぁぁぁぁあ!」
薄暗い教室に銀髪少女の怒号が響き渡る――
純文学作家を目指すも挫折し、国内でも珍しい文学科を備えた高等学校『高村学園』に就職した和久井耀は、文芸部の顧問を任される。しかし、待っていたのは通称『ラノベ窟』。ライトノベルをこよなく愛する変人の巣窟だった。
新進気鋭の女子高生プロライトノベル作家に囲まれ、『ラノベ窟』の非常識な活動に翻弄されながら、耀は至高の作品を書き上げることができるのか――!?
【登場人物】
和久井耀 高村学園常勤講師
那津川紗里緒 執筆ジャンル:王道ファンタジー
紺野響 執筆ジャンル:男性向けラブコメ
ユピテル 執筆ジャンル:MMORPG中心
卍風理 執筆ジャンル:異世界転生モノ
小早川優奈 執筆ジャンル:女性向け恋愛小説
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目を開けると、そこは日の暮れかけた見知らぬ公園だった。
呆然と立ち尽くす俺の目の前を少女が駆けていく。銀髪をなびかせ、歯を食いしばり、溢れる涙を袖で拭いながら、大銀杏の袂にぽつんと置かれたベンチへ倒れ込むように身を伏せた。
俺はその少女を知っている。しかし、胸以外のサイズが違いすぎる。低い背に、幼い顔立ちに、高村学園中等部の制服……。紗里緒……の妹? いや、一人っ子だと聞いている。
運命の転換点……。雲雀は確かに、そう言った。紗里緒にとっては、きっと……
「三年前……か。こんな展開……ラノベじゃあるまいし……」
目の前の銀髪の少女は、父に弟子入り志願して拒否された、あの日の紗里緒に違いない。雑用の俺を送り込んだんだ……何とかしろという事なのだろう。
「……本当にあいつは、人使いが荒い」
そう独り言を呟きながらも、自然と口元が緩むのを自覚する。現実離れし過ぎているにも関わらず、逆に冷静さを取り戻しつつある自分が怖い。
「言われなくたって、救ってみせるさ……」
なにより、目に前で泣いている紗里緒を、俺が放っておけるはずがないだろ?
「……どうしたんだ?」
俺の声に少女は一瞬、動きを止め、涙を荒々しく袖で拭うと顔を上げて鋭い視線を放った。
「……なに……あなた……」
正真正銘、三年前の那津川紗里緒がそこにいた。
「いや、通りすがりの者だけど……調子でも悪いのかと思ってね」
「あなたには関係ないでしょ……」
警戒心むき出しのまま睨みつける、その目つきの悪さは変わらない。
「当ててやろうか?」
「はぁ?」
「晴彦に弟子入りしたのに、突っぱねられたんだろ? 違うか?」
「……っ⁉」
矢じりの如く研ぎ澄まされた瞳が見開かれる。
「顔に書いてあるよ」
言葉通りに受け取った紗里緒は、両手で顔を弄った。
「な、なな、なんで、あなたが、それを⁉」
「まぁ、慌てるなって。座れよ。何があったのか、よかったら話を聞かせてくれ」
ベンチに腰かけた俺に釣られるように、一瞬、逡巡した紗里緒は露骨に距離を置いて座った。
「あなた……メンタリストか、なにか? それとも占い師……とか?」
「信用できないか?」
「できるわけないでしょう……まぁ、いいわ。今は誰かと話していた方が気が紛れそう……」
「そうか……」
「……あなたの言う通りよ。弟子にして欲しいって父へ頼んだけれど、にべも無く断られたの。それどころか、違う道に進めって……」
俯いて喋る紗里緒の表情は伺い知れない。
だが、その声は今にも泣きだしそうに震えている。
「……父さんはきっと、私の才能を見限ってるんだわ……」
それは、ない。
……あの時、晴彦は失望した、と言った。……それは裏を返せば、期待していた、という事だ。嫉妬を禁じえないほど、紗里緒の作品に……可能性に……。
晴彦は俺と同じだった……。
正そうとしたのだ。そこには確かに、愛慕の念があった。ただ、やり方を間違えたに過ぎない……。本当に……不器用だと思う。
「そんな事はない……親父さんはな、お前の事が大切なんだよ」
「……大切……」
紗里緒は味わうように言葉を反芻する。
「そうだ。かけがえのない自慢の娘だ。那津川晴彦は、書き続ける事の辛さ……戦い続ける事の厳しさを知っている。だから、お前には別の道で幸せになってほしいと願ってるんだ」
俺の言葉を聞いて、紗里緒は表情を曇らせた。
「……父さんは、作品が一番、大切なの。母さんが出て行った時だって、引き留めすらしなかった……それでも、父さんの書いた作品を、私は嫌いになれない……それくらい……凄いの。だから、私だって……私の作品くらいは……」
そこで言葉を切った紗里緒は、恥ずかしそうに俯いている。
「……認めて欲しい……と」
敢えて言わなかった言葉を補足すると、紗里緒は恨めしそうな眼差しでコクリと頷いた。
「……親父さんに認められなければ、書くのをやめるのか?」
「やめるわけないじゃない!」
即答だった。
「……いや、やめられるわけない。私から書くことを奪ったら、何が残るって言うの……」
自覚はあるんだな……なんて口をついて出そうな軽口を呑み込んで、言葉を探す。
「お前が……」
そう……これは最近、贈られた言葉……
「お前がお前を信じなくて、誰がお前を信じるんだよ……」
紗里緒から受け取った言葉を、俺はそのまま三年前の彼女に贈った。
「……そう……だよね」
俺に力を与えた言葉が、巡り巡って本人に帰った。
目を丸くした紗里緒は何度も頭を振り、
「父さんに認められるためには、私が……覚悟を決めなくっちゃね!」
柔らかな微笑みを満面に湛えた。その瞳には決意の煌めきが宿っている。
「もう一度、父さんと話してみる!」
良かった……意外とすんなり、立ち直った。
きっと紗里緒だって、心の奥底では父と仲良くしたいと考えていたのだろう。
しかし……呆気なさすぎる……何かが引っかかっている。
「……もともと諦めるつもりは無かったし……私、帰るわ!」
そうだ……紗里緒は一度突っぱねられたくらいで諦める性質ではない……。
「……帰るって、家に?」
漠然とした不安を抱え、俺は恐る恐る聞いた。
「当たり前でしょう。私が帰れる場所なんて、家しかないもの」
おかしい……何かがおかしい。
ツグミのマンションへ転がり込むつもりだったんじゃ……。
そこまで考えて、最悪の想定に至った。
逃げ出したのは紗里緒ではなく……晴彦の方だったんじゃないのか?
帰ってこない父に幻滅した紗里緒は家を出て……
「晴彦はどこにいる⁉」
突然立ち上がって叫ぶ俺の剣幕に怯んだ紗里緒が、僅かに身体を震わせる。
「と、父さん? 打ち合わせって言ってたから、駅前の喫茶リンデンにいると思うけど……」
目を白黒させながら上擦る少女の答えを聞き終わるや否や、思わず俺は駆け出していた。
しかし、公園を出ようとする足が、意思に反して突然止まる。
「……ところで、駅って、どっちだっけ?」
「……あなた……本当に変なヤツね……」
そう言って苦笑いを浮かべる紗里緒に場所を聞き、俺は走った。
この機を逃すことはできない。絶対に、この不器用な親子を仲直りさせてみせる!
決意が強く背中を押している。
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