第57話/五章-⑥
「この……ウンコ製造機がぁぁぁぁぁあ!」
薄暗い教室に銀髪少女の怒号が響き渡る――
純文学作家を目指すも挫折し、国内でも珍しい文学科を備えた高等学校『高村学園』に就職した和久井耀は、文芸部の顧問を任される。しかし、待っていたのは通称『ラノベ窟』。ライトノベルをこよなく愛する変人の巣窟だった。
新進気鋭の女子高生プロライトノベル作家に囲まれ、『ラノベ窟』の非常識な活動に翻弄されながら、耀は至高の作品を書き上げることができるのか――!?
【登場人物】
和久井耀 高村学園常勤講師
那津川紗里緒 執筆ジャンル:王道ファンタジー
紺野響 執筆ジャンル:男性向けラブコメ
ユピテル 執筆ジャンル:MMORPG中心
卍風理 執筆ジャンル:異世界転生モノ
小早川優奈 執筆ジャンル:女性向け恋愛小説
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長身で、がっしりとした体格。
長く伸ばした白髪交じりの髪は後頭部で雑に結われ、顔を覆う獅子の如き髭は、綺麗に切り整えられている。ヨレヨレのシャツに煉瓦色の革ジャンを羽織り、その個性的な出で立ちは、身なりに気を遣っているのか、いないのか、判断し難い。
分厚い眼鏡の奥の、琥珀色の瞳がぼんやりと紗里緒を見据えている。
俺は知っている。この男を……。面識はない。しかし一方的に、そして圧倒的に知っている。
「……晴河夏彦……先生……?」
俺は目をみはった。
晴河夏彦……俺の尊敬する、直木賞作家が……なぜここに……
「いやいや、先生はあなたでしょう? いつも娘が世話になっているようだ……」
娘……? まさか……!
「私は那津川晴彦。そこの那津川紗里緒の父、ですよ」
思わず、目の前の二人を見比べる。紗里緒は押し黙り、父と目を合わせようともしない。
「紗里緒、先生の言う通りだ。まさか、お前があんな作品を書くなんて……失望したぞ」
晴彦は俺が言わなかったことを……いや、言えなかったことを、平然と言い放った。
「私の作品を……読んでるなんてね……」
目を逸らしたままの紗里緒は、不貞腐れたように力なく呟く。
「当たり前だ。この業界においてお前は、直木賞作家『晴河夏彦』の娘だ。おかしなことをされたら、私の名に傷がつくだろう」
顔を上げた紗里緒は、突き破らんばかりの視線で父を睨みつける。
「私は私よ! アンタなんて関係ない! いつもそうやって自分の面子ばっかり気にして……だから母さんだって嫌気がさして……」
「紗里緒!」
父の叫びに紗里緒の身体はピクリと跳ね、一瞬、その動きを止める。
「……戻ってこい。私がお前に一から文の書き方を教えてやる」
晴彦は感情を押し留めるように、静かに言った。
「何を今更……三年前! アンタに弟子入りを志願した時、にべもなく突き放したくせに!」
意外だった……。
行き詰った俺が紗里緒にそうしたように、紗里緒もまた、父に教えを乞おうとした……しかし、その願いが叶えられることはなかった……。だから、俺が土下座して弟子入りを頼んだ時……拒んだのか……そして、這いつくばる俺に過去の自分を重ねていたに違いない……。
「物書きの世界は厳しい……お前は母に付き添い、海外へ渡って別の道で幸せになるべきだと思っていた……いや、今でもそう思っている……」
「私の生き方は、私が決める!」
紗里緒は何度も頭を振って、拒絶した。
「自らに嘘をついて、魂の籠っていない物語を書くことがお前の生き方なのか?」
図星……なのだろう。動きを止めた紗里緒の顔色が蒼白く変わる。
「……アンタに私を説教する権利なんてない! 今まで放っておいて、父親面しないで!」
らしくない……理論も理屈も破綻した物言いだった。
「それでも、私はお前の父親だ。それは……変えようのない真実だ……」
その言葉は、自らに言い聞かせているようだった。
父と目を合わせない紗里緒の代わりに、俺は晴彦をじっと見つめた。その表情は罰を受ける囚人のように、固く冷たく、苦々しい。
「違う……違うわ……子は親を選べないんだから……私の中でアンタは父親でも何でもない」
「おい! 紗里緒! 言い過ぎだ!」
親子喧嘩に口を差し挟むのは気が引ける。だが、さすがに聞き流すことはできなかった。
本当にわかっていないのか……。晴彦も、紗里緒も。この親子は似た者同士だ。お互いがお互いに嫉妬し、意地を張り、屈服させようとしている。しかし、裏を返せば、それは相手の存在を無視できない……常に想い、認め合っているのだということを……。
俺の突然の叫びに、紗里緒は背を向け、虚空を見上げた。その肩が微かに震えている。
「……アンタの所から出て行って良かった……。アンタに弟子入りを拒否されたあの日、私はツグミのマンションへ逃げ込んだ。そこで、雲雀の書いたライトノベルと出会ったの。衝撃が走ったわ。こんなに自由で、晴れやかで、心を揺らす物語の世界があるんだって、ね……。あのまま、アンタの弟子になんてなってたら、私が私じゃいられなかった!」
背を向けたままの紗里緒は、天に向かって不可逆の叫びをぶつける。
「いい加減にしろ! 半端者がほざくな……まずは『アイボリーマックス』の結末を書き直せ! 話はそれからだ!」
娘の肩を乱暴に掴んだ晴彦の手は、ピシャリと振り払われる。
「嫌よ!」
振り向いた紗里緒は、父の目をまっすぐに見据えて短く、力強く言い切った。
「書き直さないというのなら、私にも考えがある……」
鋭く目を細めた晴彦は、まとう雰囲気を変える……背筋に怖気が走る。
「何を……する気……?」
紗里緒も空気の変化を感じたのだろう。その声が詰まった。
「私は、お前の父であると同時に、高村学園の理事だ……このままでは雲雀と鶫の両親に申し訳が立たない……栄誉ある文学科の面汚しは、いらない……」
すべてを諦めたように頭を振った晴彦は、
「……お前を学園から追放する」
静かに一言、呟いた。
「学園追放なんて……神にでもなったつもり?」
紗里緒は絶え絶えの気力を振り絞って、うすら笑う。
「言う事を聞かないのなら、子供のオモチャを取り上げるのも親の仕事だ……」
静かに告げる父のバリトンを、
「脅し? 呆れるわ……できるもんならやってみればいい! 今の私には支えてくれる仲間がいる……決して、アンタに屈したりしない!」
掻き消すように紗里緒は叫んだ。
「……後悔するなよ」
晴彦が捨て台詞を吐いて去った後、紗里緒は膝から崩れ落ちた。
蒼白い顔と隠し切れない震えが、消耗の激しさを物語っている。いつまでも立ち上がれない紗里緒を抱えて車へと運び込み、作者急病の旨を伝えて騒然とする会場を辞すと、早々に引き揚げた。
俺は、紗里緒が直木賞に拘る理由を知った。父を越えたい。その一念なのだ。或いは、直木賞を獲る実力が紗里緒にはあるのかもしれない。ただ、それだけではだめなのだ。
自ら選んだ道……ライトノベルで賞を獲る事、それこそ那津川紗里緒が己へ課した枷なのだろう……。
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