第56話/五章-⑤
「この……ウンコ製造機がぁぁぁぁぁあ!」
薄暗い教室に銀髪少女の怒号が響き渡る――
純文学作家を目指すも挫折し、国内でも珍しい文学科を備えた高等学校『高村学園』に就職した和久井耀は、文芸部の顧問を任される。しかし、待っていたのは通称『ラノベ窟』。ライトノベルをこよなく愛する変人の巣窟だった。
新進気鋭の女子高生プロライトノベル作家に囲まれ、『ラノベ窟』の非常識な活動に翻弄されながら、耀は至高の作品を書き上げることができるのか――!?
【登場人物】
和久井耀 高村学園常勤講師
那津川紗里緒 執筆ジャンル:王道ファンタジー
紺野響 執筆ジャンル:男性向けラブコメ
ユピテル 執筆ジャンル:MMORPG中心
卍風理 執筆ジャンル:異世界転生モノ
小早川優奈 執筆ジャンル:女性向け恋愛小説
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いやー、食った食った。腹がはち切れんばかりだ。
優奈は二周目のデザートを幸せそうに堪能している。
「少し歩いてくる」
そう伝えて、会場を後にする。
散歩の理由は、腹ごなしだけではなかった。風理の姿が見えない。あの出で立ちである。警備員に連れて行かれたとしても、不思議ではない。心配になった俺は、中庭へ向かった。
都心にありながらも木々に囲まれたこのホテルは、中庭も見事なものである。
大池を縫うように岩敷きの歩道が這い、石橋が通され、その下を威風堂々と錦鯉が群れを成して泳いでいる。曲がりくねった松の深い緑が水面に落ち、まるで磨き抜かれた鏡のようにシンメトリーを形作るが、それも一瞬。細やかな風が波紋を呼び、すぐに不規則な曲線へと景色を変える。
小さいながらも滝まである。その落水が今も、岩と魔女……を穿ち続けている。
って、風理⁉ あいつ……!
「おい! 何やってんだ!」
「これはこれは、先生。見ての通り、滝に打たれてますが?」
銭湯の打たせ湯の如く、頭の先で瀑布を受け止めながら風理はニヤリと笑った。
「見りゃわかる! なんでそんな事……」
「ここの水は天然の地下水のようですね。龍脈を通った水は高濃度の魔素を含んでいるんです。力が漲って、気持ちいいですよー」
どういう設定なんだよ……。素っ頓狂な行動も、その原理も全く理解できない。
「とにかく! 早くそこから出ろ! 捕まるぞ」
「捕まるのは……まずいですねぇ」
渋々滝から抜け出してきたずぶ濡れの風理を、ホテルのクロークから借りてきたタオルで拭き上げる。同じく借りてきたドライヤーで全身を乾かすと、会場まで強制的に引っ立てた。
優奈の元へ戻ると、ケーキを食べている姿はそのままに、皿の数だけが倍加している。
何周目なんだ……。
風理にも食事を勧めたところで、どっと疲れが湧いてきた。
会場を出た俺は、待合のソファに突っ伏した。宴はまだ続いている。ちょうどビンゴゲームが始まった所なので、先はまだ長そうだ。
胸ポケットに仕舞ったままだった紗里緒の新刊を取り出し、読みはじめる。読み進めるにつれて、没入していく。さすが紗里緒だ。美しく流麗な文、まとまった構成。
……しかし……。
俺は背筋に冷たいものを感じている。
こんな事が許されるのか……。
前巻までの流れをすっ飛ばし、ただ終わらせることだけに終始した物語が目の前に羅列されていた。
そこには紗里緒の熱や叫び、矜持といったものが一切感じられない。読み進めるごとに身体が芯まで冷え切っていく。勢いで読み終えた俺は、頭を傾げた。確かに紗里緒の書いた文だ。それは間違いない。しかし、この内容は……。放心状態で虚空を見上げる。
心の中をかげりが襲う。モヤモヤが湧き出してくる。そして、ここ最近の紗里緒を思い出す。出会った当初の刺々しさは鳴りを潜め、やけに丸くなった。そして、優しくなった。『アイボリーマックス』の完結が近づくにつれて、その傾向は顕著だったと思い返す。それは自らを誤魔化す心理的反応だったんじゃないのか。一定の結論に行き着いた時、俺は自らの心を覆う感情の名を知った。
それは『失望』という……。
次の瞬間、俺はソファから跳ね起きる。脇目も振らず会場へ舞い戻ると、呑気にビンゴゲームに現を抜かす紗里緒を、強引に中庭まで連れ出した。風が少し冷たい。
「なにすんのよ! ダブルリーチだったのにぃ!」
カードを突きつけて声を荒げる紗里緒。
「お前こそ、何してる! こんな終わり方でいいのか⁉」
反撃の如く、新刊をその眼前に突きつける。
「……それ、か。いいのよ、それで……」
俺の言葉から目を背ける紗里緒は初めてだった。
「良くない! お前、納得してないだろ!」
「そんなこと……どうでもいいでしょ……。作品は私の手を離れた! メディアミックスを成功させるためには、自己満足を捨てることだって、時には必要なの! 私の作品が有名になれば、DNPの成功にも一歩、近づく! その結末こそが、皆を幸せにする唯一の最適解なの!」
自らに言い聞かせるように、紗里緒は地面に向かって叫びをぶつける。
「何を焦ってるんだ⁉」
こんなの……コイツらしくない……
「焦ってなんかいない!」
いつも高飛車で……傲慢で……
「本当に……これでいいのか?」
それでも文芸を……ライトノベルを愛してやまない……
「いいって言ってるでしょ!」
作家としての矜持を常に全うしようとする、紗里緒らしくない……
「……お前と、お前の作品のキャラクターが不幸になったとしても、か?」
「……」
俺の問いに言葉を詰まらせた紗里緒は、何か言おうと口を開いて、やめた。
「お前は自らが産み出した登場人物を幸せにする義務があるはずだ!」
これはお前が教えてくれたことだ……
「そんな……簡単に……言わないで……」
言い訳なんて……させない。
「そして、読者だって……いや、俺は、お前の書く作品に救われた……お前の書く文章が、登場人物が、物語が大好きだ! ファンなんだよ! 寝ても覚めても、頭から離れない……いつだってお前の背中を追っている、ファンなんだ! 俺たちはいつもお前の味方だ……今ならまだ、間に合う……もう一度、冬海由岐の世界を見せてくれよっ!」
俺の慟哭に似た叫びに一瞬、身体を強張らせた紗里緒は、
「……ファンなら……ファンだっていうなら……わかってよ……」
微かな呟きとともに力なく肩を落とした。
「なかなか面白い話をしているね」
バリトンの声が俺たちの会話を遮る。
振り返ると、初老の男が立っていた。
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