第47話/四章-⑨
「この……ウンコ製造機がぁぁぁぁぁあ!」
薄暗い教室に銀髪少女の怒号が響き渡る――
純文学作家を目指すも挫折し、国内でも珍しい文学科を備えた高等学校『高村学園』に就職した和久井耀は、文芸部の顧問を任される。しかし、待っていたのは通称『ラノベ窟』。ライトノベルをこよなく愛する変人の巣窟だった。
新進気鋭の女子高生プロライトノベル作家に囲まれ、『ラノベ窟』の非常識な活動に翻弄されながら、耀は至高の作品を書き上げることができるのか――!?
【登場人物】
和久井耀 高村学園常勤講師
那津川紗里緒 執筆ジャンル:王道ファンタジー
紺野響 執筆ジャンル:男性向けラブコメ
ユピテル 執筆ジャンル:MMORPG中心
卍風理 執筆ジャンル:異世界転生モノ
小早川優奈 執筆ジャンル:女性向け恋愛小説
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「おぉー! ご馳走だな!」
期待以上の豪華さに目をみはる。
海が近いだけあって、見るからに新鮮な刺身の盛り合わせに焼き物、煮物。彩り豊かな小鉢は、その品数の多さに目移りしてしまう。細く湯気の上がるいろり鍋とともに、程よくサシの入った肉が華麗に並ぶ。こんな時でないと食べる機会のない茶碗蒸しが、また嬉しい。
豪華な料理が黒塗りの足付き膳を埋め尽くすように満載されている。しかし、キンキンに冷えたビールでもあれば最高なんだけどな……。絶対に却下されるだろうが……。
適当に座ろうとしたその時、
「アンタはここよ」
紗里緒の指し示す席には、膳の上にカップラーメンが一つ、堂々と鎮座している。
「いやいやいや! これは酷すぎるだろ!」
さすがにここまで来て、この扱いは惨い。惨すぎる。
「冗談よ。それはユピさんの分」
「へ?」
「ユピさん、偏食だからカップラーメンの方がいいんだって」
当のユピテルは窓際のロッキングチェアで風理とともに、健やかな寝息を立てている。
「疲れたのね。寝かせておきましょう」
「冗談きついぜ……まったく……」
やれやれと腰を下ろした俺は、場の空気が重い事に気づく。貼りつくような視線の先を辿ると、響と優奈へ行き着いた。
「……なに?」
俺は思わず聞いた。しかし、察しろというジト目が纏わりつく。豪華な膳にばかり関心を奪われていたが、落ち着いてよく観察すると、すぐに気がついた。
「二人ともよく似合ってるよ」
そう言うと、はじめて二人の相好が崩れる。
浴衣だった。それも、旅館特有の地味なものではない。響は緑に白の笹葉の紋、優奈は淡い藍に色とりどりの華の小紋が入った浴衣を、それぞれ着ている。ちなみに、紗里緒は大きな向日葵をあしらった派手な柄だった。
「ここの浴衣は選べるんです」
照れたように優奈がはにかむ。
「センセイは食欲に夢中みたいですけど……」
責めるように響が笑い、
「……気づかなければ、ユピさんと同じメニューに変えてもらう所でした」
光彩を失った瞳が俺を見据える。危なかった! きっと有言実行に違いない!
「じゃ、頂きましょ!」
笑顔で箸を持ち上げる紗里緒を、
「その前に……シャルちゃん……」
響が制止する。
「うっ……」
動きを止めた紗里緒の顔が、苦く変わる。
「紗里緒さんが言ったんですから……」
優奈も窘めるように紗里緒の肩を抱いて促した。何が始まるっていうんだ……。
「うぅっ……」
戦々恐々、俺は紗里緒の挙動を待った。
二人に挟まれた紗里緒は、渋々な様子で膳の陰から瓶ビールを取り出す。
「……今日は……巻きこんで……悪かった、わね……たす……くれて……あ……がと……」
そっぽを向いて話す紗里緒の声は、後半へ向かうにしたがって弱く、小さくなる。
だが、言いたい事は伝わった。差し出された瓶の注ぎ口から、差し出したコップへぎこちなく黄金色の液体が泡とともに滴り落ちる。
「……気にすんな。みんな、無事でよかった」
それは、紗里緒なりの慰労とお礼だった。
「……飲み過ぎないでよね!」
捨て台詞を吐いて自席に戻った紗里緒は、耳まで真っ赤にしながら料理へ食らいついた。
その姿を、両隣から響と優奈が微笑ましく眺めている。
「んんー! おいしい! ほっぺた落ちそう!」
響が料理に舌鼓を打つ。
「こんな贅沢……いいんでしょうか……」
おっかなびっくり箸を進めるのは優奈らしいといえば優奈らしい。
「……おいしい……」
憮然と食べはじめた紗里緒だったが、一口頬張ると、その動きを止めた。
「……こんなにおいしいもの……生まれて初めて……」
その表情が恍惚に蕩ける。
「へぇ……意外だな。お前、稼いでるんだし、いつも豪華な飯ばかり食ってるのかと思ってた」
「……アンタ、作家をなんだと思ってんのよ?」
呆れを孕んだ半眼を浮かべた紗里緒は、苦笑いとともに小首を傾げた。
「そりゃ、豊かな食事は豊かな感性を育むだろ。食通の文人は珍しくないし……」
「おいしいもの食べて素晴らしい作品が書けるなら、私だってそうするわ。でも、私の場合は基本、粗食よ。食べ過ぎると眠くなるし、考えが鈍る。アイディアが出なくなっちゃう。ちゃんとした夕食なんて、久しぶりに食べたわ」
「そう、そう。私も夜はあんまり食べない。筆が進まなくなっちゃうから」
微笑んで同意を示す響の隣で、
「……私は、めっちゃ食べるんですが……」
項垂れる優奈が静かに呟く。
「作品にどう向き合うかは、人ぞれぞれよ。でも、心の贅肉は必ず、文に出る……そして、それは作風を変容させる。作家は変に価値観が乱れない方がいいと、私は思ってる。だけど……」
紗里緒は逡巡するように一度、口を閉じる。
「こういう贅沢も、偶にはいいものね」
あどけなく笑う紗里緒に、俺は思わず見惚れた。
それは、無欲で克己的な作家への尊敬の念だったのかもしれない。
しかし、その一瞬の笑顔は、身を焦がす想いとともに俺の脳を灼いた。
この日の、この笑顔を俺は一生忘れることはないだろうと思った。
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