第36話/三章-⑪
「この……ウンコ製造機がぁぁぁぁぁあ!」
薄暗い教室に銀髪少女の怒号が響き渡る――
純文学作家を目指すも挫折し、国内でも珍しい文学科を備えた高等学校『高村学園』に就職した和久井耀は、文芸部の顧問を任される。しかし、待っていたのは通称『ラノベ窟』。ライトノベルをこよなく愛する変人の巣窟だった。
新進気鋭の女子高生プロライトノベル作家に囲まれ、『ラノベ窟』の非常識な活動に翻弄されながら、耀は至高の作品を書き上げることができるのか――!?
【登場人物】
和久井耀 高村学園常勤講師
那津川紗里緒 執筆ジャンル:王道ファンタジー
紺野響 執筆ジャンル:男性向けラブコメ
ユピテル 執筆ジャンル:MMORPG中心
卍風理 執筆ジャンル:異世界転生モノ
小早川優奈 執筆ジャンル:女性向け恋愛小説
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食事が終わり、片付けが済むと優奈の母はかなたを風呂へと追いやった。
片付いた食卓の上にコーヒーが供され、三人で卓を囲い座る。
「さて……」
最初に切り出したのは優奈の母だった。
「優奈、高校へ行きなさい」
直接的な物言いだった。
「……でも……」
返ってきたのは、歯切れの悪い返事。
「今日でわかったろう? 和久井先生は頼りになる。きっと優奈にとって、いい経験になるよ」
優奈の母は優しく微笑む。
「……でも……お金が……」
「それは大丈夫だって、いつも言ってるでしょ? なんで、高校に行きたくないの?」
「……それは……」
優奈が目を逸らす。昨日と同じ反応だ。
「……高校へ行きたくない理由は、目を背けたいから、かな?」
割り込んだ俺の言葉に、優奈は目を見開いた。
「……それは……どういう……」
明らかに動揺が走る。
「俺にも経験がある。書けないと……辛いよな」
俺なりに導き出した結論を、目の前の少女へぶつける。
優奈は書くことから逃げようとしている。それは決して悪い事ではない。しかし、人生の岐路においては、書けない事を言い訳にするべきではない。絶対に後悔する。
「……でも……それは……」
声にならない声は、優奈の心の中でも整理されていない事を物語っている。
「進学してから悩んでもいいんだ。あそこには優奈ちゃんと同じ悩みを抱えてる奴らがいる。決して君を追い詰めたりしないよ……」
「ダメなんです! もう……私には書けないんです! わかってるんです!」
俺の言葉を遮るように、優奈は立ち上がって叫んだ。
「何故、そんな事が断言できるんだい?」
「……それは……」
目を逸らす。
どうやら核心に至ったらしい。心の中で気合いを入れ直す。
「理由があるんだね?」
「……私……」
ゆっくりと何度も首を横に振った優奈は俯いて、目を閉じ、
「……言えません……」
たった一言、絞り出すように呟いた。
未完の作品……使われなくなったスマホ……目を逸らす優奈……そして、シンデレラ……
俺の中には、ある確信があった。しかし、どう解決していいものか、それだけは未だに何の手掛かりもない。そもそも優奈の心の内を暴く権利なんてない。俺の手には負えない。
しかし……
「……王子様を待っているのか?」
目の前で今も小さく震えている少女を、放っておくことはできない。
俺の言葉に、優奈は顔を上げた。
「……なぜ……それを……」
その瞳は、驚きと憂いに満ちている。
「構想があって、文才もあるのに、なぜ書けないのか……疑問だった。でも、シンデレラを好きだと聞いて、腑に落ちた。君の作品には恋愛の駆け引きが書かれていない。……君は、恋をした事がないんだね?」
悲し気に目を伏せた優奈は、小さくコクリと頷いた。
シンデレラシンドローム……いわゆる、『お姫様願望』。
ある日、白馬に乗った王子様が突然現れ、自分の全てを変えてくれると妄信してしまう欲求。誰だって大なり小なり持っている心理反応。しかし、意志が強く、もともと恋愛に奥手だった優奈は、空想の王子様に依存しつつある自らの心理状態に抗うため、就職に拘っていたのだろう。だから優奈は仕事を『救い』なんて言ったのだ……。王子様なんていない、妄想に囚われちゃいけない、そんな強く純粋な意思が彼女の視野を歪め、執筆にも恋愛にも舵を切ることを許さなかった。
「恋愛小説が書きたいのに……それしか書けないのに……人を好きになれない……恋愛感情が分からないんです……」
優奈の閉じた瞳から、一筋の涙が零れる。
「……そんな作家は結構、いる。皆が皆、ノンフィクションじゃない。他愛のない妄想やあり得ない空想を物語にしてもいいんだ」
優奈はゆっくりと頭を振る。
「人を好きになった事もないのに、恋愛小説を書こうなんて考えがそもそも無謀なんです。これ以上書いても嘘になる。物語が死んでしまう……」
思ったより重症だ。
書けない心が恋愛を敬遠する。ますます書けなくなる。これじゃ、負の連鎖だ。優奈の美点である意思の強さが、悪い方向に作用してしまっている。どうすれば……
「それなら、解決じゃん!」
押し黙って成り行きを眺めていた優奈の母が、快活に声を上げた。
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