第33話/三章-⑧
「この……ウンコ製造機がぁぁぁぁぁあ!」
薄暗い教室に銀髪少女の怒号が響き渡る――
純文学作家を目指すも挫折し、国内でも珍しい文学科を備えた高等学校『高村学園』に就職した和久井耀は、文芸部の顧問を任される。しかし、待っていたのは通称『ラノベ窟』。ライトノベルをこよなく愛する変人の巣窟だった。
新進気鋭の女子高生プロライトノベル作家に囲まれ、『ラノベ窟』の非常識な活動に翻弄されながら、耀は至高の作品を書き上げることができるのか――!?
【登場人物】
和久井耀 高村学園常勤講師
那津川紗里緒 執筆ジャンル:王道ファンタジー
紺野響 執筆ジャンル:男性向けラブコメ
ユピテル 執筆ジャンル:MMORPG中心
卍風理 執筆ジャンル:異世界転生モノ
小早川優奈 執筆ジャンル:女性向け恋愛小説
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「はーい」
すぐに幼い声が返ってくる。
優奈はスーパーへ出勤しているはず、と紗里緒は言っていた。
「……どちら様ですか?」
チェーンの掛かった扉が控えめに開く。隙間から顔を覗かせた男の子は、優奈の弟だろう。
「えーと、私は高校の先生をしてる和久井と言います。小早川優奈さんのお宅はコチラですか?」
ぎこちない造り笑顔だと自覚はしている。
「……そうですけど。お姉ちゃんは今、いません。お母さんはお仕事へ行っています」
よくできた弟さんだ。まだ小学生のようだが、落ち着いている。
「そっか。お母さんは何時くらいに帰ってくるのかな?」
「五時半くらいにはいつも帰ってきますけど……」
あと一時間くらいあるな。優奈と鉢合わせないと助かるのだが。
「そうなんだ? じゃ、また来ます」
「先生。中で待ちますか?」
俺を先生だと信じて疑わないその素直さと、丁寧な受け答えは優奈と同質の品の良さだと感じる。やはり、愛情のある躾が行き届いた家庭だと確信した。
「いや、いいよ。外で待たせてもらうから」
勝手に上がり込むわけにはいかない。
「そうですか。すみません……」
自らの力不足を嘆くように落ち込む弟。姉弟揃って可愛いなぁ、もう!
「ありがとう。また来るね」
「はい、それでは……」
扉と鍵が閉まるのを確認して、俺は外階段を下りた。
閑静な夏の住宅街には日陰が少ない。
アパートの軒下の小さな陰に入り込んだ俺は、道の向こうから靴音が聞こえるたびに、ドキリとする。優奈か、優奈の母か、いずれにしても突っ込んだ話をしなければならない。額に滲むのは脂汗ではなく、冷や汗だと分かっている。
スマホを取り出す。持て余した時間を、文芸投稿サイトを見て潰す。優奈の投稿ページだ。圧倒的に投稿数の多い詩に混ざって、長編小説が二本。いずれも、途中で更新が滞っている。
昨日から俺は、優奈の作品を何度も読み返している。そして、彼女の才能の豊かさを思い知らされていた。
数ある執筆ジャンルの中でも、俺は恋愛モノが群を抜いて難しいと考えている。過去の偉大な作家たちの残した作品に劣らない物語のオリジナリティを保ったまま、読者が自己投影でき、尚且つ、現実から抜け出せるような世界観の創造が必要だ。加えて、作者のセンスが問われる。文調が固すぎれば思惑を外れた悲劇に、柔らかすぎればありふれた喜劇になってしまう。その点、優奈の物語は緻密な心情描写と、丁寧な情景描写によって、性別を問わず共感を得るであろう至高のドラマを、巧みな筆致で紡いでいる。
暗い境遇の中を生きる主人公の少女が、人々と出会い、触れ合いながら織りなす物語。個性豊かな登場人物と、構成の絶妙なバランス感覚によって、主人公の透き通るような生命力が引き立てられている。その生々しくも奇妙なやり取りに、序盤から引き込まれる。陰鬱になりがちな少女の貧乏譚が、中学生らしからぬ文章力で適度にコミカルに綴られていく。しかし、意中の彼が現れてこれから物語が盛り上がるだろう所に差し掛かって、ぷつりと投稿が滞ってしまう。直近は詩ばかりで、小説は更新されていない。確かにこれは続きが気になる。普段、女性向けの恋愛小説なんて読まない俺だが、続きを渇望する紗里緒の気持ちがよくわかった。
その時、曲がり角の向こうから軽快な靴音が響いてきた。
直感的に確信する。お目当ての人物だ、と。
スマホを胸ポケットへ仕舞い、姿を現した女性へ視線を向ける。明るめの茶髪を括ったポニーテールが、右に左に揺れている。買い物袋を提げた俺より少し年上だろうその女性の目元は、優奈と瓜二つ。間違いない。優奈の母親だ。
怪訝そうにこちらを一瞥した彼女は、軽く会釈して外階段へ足を掛ける。
「小早川優奈さんのお母さんですか?」
愛想笑いを絶やすことなく、その背中へ声を掛けた。
「……そうだけど? あなたは?」
明らかに警戒の色が浮かぶ視線に慄きつつも、身分を明かす。
「私は和久井と申します。高校で教師をしております」
すすすっと距離を詰め、出来立ての名刺を手渡す。
「はぁ……?」
溜息に似た疑問符を洩らしつつ、片手で名刺を受け取った優奈の母は、見定めるように視線を巡らせる。
「優奈さんの進路の件でお話があります。お時間を少しだけ頂けませんか?」
「あ、そう、わかった。いいよー。立ち話もなんだから、入って入って。狭いけどね」
釈然としない様子ながらも、快活に宅内へ促す。
若いながらも、母親としての風格を感じる。ただ、優奈の母親というには開けっ広げな性格に戸惑いを覚える。温和で理知的で礼儀正しく、それでいて内心を探らせないような大人の女性を想起していた。それは勝手な妄想だと言わんばかりに、あっけらかんとしている。
門前払いされることを覚悟していただけに、拍子抜けだ。
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