第31話/三章-⑥
「この……ウンコ製造機がぁぁぁぁぁあ!」
薄暗い教室に銀髪少女の怒号が響き渡る――
純文学作家を目指すも挫折し、国内でも珍しい文学科を備えた高等学校『高村学園』に就職した和久井耀は、文芸部の顧問を任される。しかし、待っていたのは通称『ラノベ窟』。ライトノベルをこよなく愛する変人の巣窟だった。
新進気鋭の女子高生プロライトノベル作家に囲まれ、『ラノベ窟』の非常識な活動に翻弄されながら、耀は至高の作品を書き上げることができるのか――!?
【登場人物】
和久井耀 高村学園常勤講師
那津川紗里緒 執筆ジャンル:王道ファンタジー
紺野響 執筆ジャンル:男性向けラブコメ
ユピテル 執筆ジャンル:MMORPG中心
卍風理 執筆ジャンル:異世界転生モノ
小早川優奈 執筆ジャンル:女性向け恋愛小説
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紗里緒の指示通りに車を走らせると、すぐに小さな公園へ辿り着いた。
隣接する公民館の駐車場を利用できるらしい。
「行こっ!」
停車するや否や、手を繋いで駆け出した紗里緒と優奈のあとを、ゆっくりと追う。
真夏特有の刺すような日差しが目に痛い。日曜と言えど、暑い盛りである。公園の遊具に子供の姿は一人として無い。植栽の屋根が作りだす涼しげな木陰のベンチに腰かけた二人は、楽し気に何かを話しこんでいる。あそこが逢引の定位置らしい。
「ほれ。これくらいはいいだろう?」
二人に追いついた俺は、駐車場脇の自動販売機で買った三種のペットボトルを差し出した。
「……ありがとうございます。そして、ごめんなさい……貧乏でも施しは受けないという家の方針でして……」
優奈は苦笑いする。
「施しなんかじゃないよ。時間を取ってもらったお礼さ」
「そうですか……そういうことなら。ありがとうございます」
優奈は、おずおずと紅茶を受け取った。
「そうよ、優奈。休日に寂しい中年が美少女二人を侍らせてるんだから、もっと対価を受け取ってもいいのよ」
「二十四歳は、まだ青年だろ……」
俺のツッコミを、紗里緒は華麗にスルーした。
「面倒臭い家だと思います。皆さんに心配を掛けてしまって……」
「優奈……私……」
うなだれる優奈を心配そうに覗き込んだ紗里緒が、おずおずと話しかける。
「わかってます……また進学の話ですよね……懲りないね」
急拵えの造り笑顔で応じた優奈は、
「よく考えてみたけど、やっぱり無理。早く働いて稼ぎたいし。うち、お金ないから」
努めて明るく振舞っている。そのカラ元気は逆に痛々しい。
「だから、お金は! 私が……」
身を乗り出して叫ぶ紗里緒の手を握り、優奈はゆっくりと頭を左右に振った。
「……無理なの。そう簡単に生き方を変えることはできない。なにも返せない私が、紗里緒さんのお金で高校へ行っても、自己嫌悪で苦しいだけ……なんでだろうね……なんで、こんなに面倒臭いんだろうね……自分でも……そう思います」
そう言って初めて、泣きそうな表情を浮かべた。
「なにも返せないなんて事ない! 私は優奈の書く物語が好き! ずっと読んでいたいの!」
「……そう言ってくれるのは、すごく嬉しい。続きを読ませられないのは心苦しいよ。でも無理なの。書けないの……。今の私には、これ以上書けない……」
包み込んでいた紗里緒の手をそっと放した優奈は、胸の前で固く拳を握った。
「そんな事ない! 書ける……優奈にはその才能がある! 絶対書ける! 私が保証するわ!」
「ありがとう……書くよ。いつになるかはわからないけど、一生をかけて必ず書き上げてみせます。だから、待ってて……」
この子は未来を諦めている……そう言った紗里緒の言葉が薄っすらと俺にも理解できた。
「待てない! それじゃ、意味ないのよ……」
沈黙が降りる。
頑なに拒む優奈の言動に違和感を覚える。本当に彼女は、作品を完成させたいのだろうか。まるで、それを望んでいないように感じる……。俺の頬を初夏の風が優しく撫でた。
「……優奈ちゃんは高校へ行きたい? 行きたくない?」
「それは……」
言い淀み、目を逸らす優奈を見て確信する。
この子は迷っている。進学を躊躇う理由は、お金の問題だけではない。
「ご家族はなんて言ってるのかな?」
「あなたの好きにしなさい、って……。でも、うちの暮らしを見ていると、高校へ行きたいなんて言えないですよ。父が蒸発してからは母に苦労を掛けっぱなしですから……。少しでも助けになりたいんです」
この子の親は決して悪い人間ではない。
むしろ、お金のない生活の中で、絶え間なく子供へ愛情を注いできたのだろう。だからこそ遠慮している。優奈は、親の愛を裏切りたくないがために、金を言い訳にしているんじゃないのか……。豊かな生活よりも気高い精神を大切にしてきたこの家庭は、強い絆で結びついているのかもしれない。他人が介入していいものか……。
「公的補助もある。奨学金制度もある。金銭的な負担は考えなくても……」
優奈は淡く微笑み、首を横に振る。
「お二人とも、ありがとうございます。こんな私を気遣って下さって……」
不意に立ち上がった優奈は、恭しく頭を下げる。
「でも、もういいんです。決めたんです。私は働くしかないんです。少しでも早く。それが母に対する私なりの恩返しなんです。何の代償もない救いなんて、それこそ小説の中だけのお話……現実は甘くありません。どんなに努力しても越えられない壁はあるんです。私にとって、今は無心で働くことが唯一の救いなんです」
救い……か。そう言われると、俺たちは黙っているしかない。
「今日はありがとうございました。母が待っていますので、私は帰りますね」
自らが作り出した沈黙に背を向けるように、優奈は踵を返した。
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