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ラノベ窟のヘヴィーな廃人  作者: 広江宇一
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第25話/二章-⑫

「この……ウンコ製造機がぁぁぁぁぁあ!」

薄暗い教室に銀髪少女の怒号が響き渡る――


純文学作家を目指すも挫折し、国内でも珍しい文学科を備えた高等学校『高村学園』に就職した和久井耀は、文芸部の顧問を任される。しかし、待っていたのは通称『ラノベ窟』。ライトノベルをこよなく愛する変人の巣窟だった。


新進気鋭の女子高生プロライトノベル作家に囲まれ、『ラノベ窟』の非常識な活動に翻弄されながら、耀は至高の作品を書き上げることができるのか――!?


【登場人物】

和久井耀わくいよう     高村学園常勤講師

那津川紗里緒なつかわしゃりお  執筆ジャンル:王道ファンタジー

紺野響こんのひびく     執筆ジャンル:男性向けラブコメ

ユピテル      執筆ジャンル:MMORPG中心

卍風理まんじふうり     執筆ジャンル:異世界転生モノ

小早川優奈こばやかわゆうな  執筆ジャンル:女性向け恋愛小説


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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「アハーッハッハッハッ……ゲホッゲッホ……苦しい……」

 せき込みながら姿を現したのは、


「お母さん!」

 響の母だった。


「……先生……やりますねぇ……ぶっこんで来るじゃないですか!」

 清楚な雰囲気そのままに、卑俗な口調に違和感を覚える。


「おいっ! 奏、お前は引っ込んでろ!」

 響の父は部屋に入ろうとする妻の肩を掴んで引き留める。


「はぁ? 誰にもの言ってるんです……?」

 目を見開き睨みつける妻に、響の父はたじろぎ一歩退いた。


「……いや……あの……その……」

 まるで憑き物が落ちたように、響の父の態度が一変する。まさか、SMって……。


「あら、お恥ずかしい……ウチは昼夜逆転の関係なもので」

 響の母は妖しく微笑む。呆然と成り行きを見守っていた響が、


「清楚妻攻めのイキリ夫受け……アリかも……」

 隣でポツリと呟いた。


 やめてくれ……そんな禍々しい呪文のような親族の紹介は……。

 そもそも、両親でよくそういう発想ができるな……。


「……いい根性してる……ちゃんと自分で決めたようですね……どうやら、私たちの負けです……すべて、先生にお任せしましょう……」

 肝の据わった娘の姿を見て溜息を一つ吐いた響の母が、静かに告げる。


「ちょっ、おま……勝手に……」


「お座り!」

 よく躾けられた犬のように動きを止めた響の父はくぅーんとひと声鳴いた。


「ということは……」

 俺は響の母を見つめる。


「転校は中止します」

 力の抜けた膝は折れ、情けなく地を這い、ため息が漏れる。


「良かった……しかし、なぜ……こんな三文芝居みたいな真似を?」

 床に這いつくばった俺は、響の母を見上げて聞いた。


「お芝居? いいえ。あのままなら本当に転校させるつもりでしたよ」

 その声は突き放すような冷たさを孕んでいる。


「そんな……」


「厳しいと、お思いですか? それが私たちのやり方なのです。今回は先生の機転が私たちを少し上回っただけの話……。しかし、収穫はありました。響が生半可なことをしているのではないとわかったから……。覚悟を決めたのね……」

 響を見る母の目には安堵と、一抹の寂しさが広がっている。


「まぁ、良かった……これで一件落着だな……」


「一件落着? なにを勝手に終わらせようとしているのですか?」

 響の母は鋭い視線で俺を見据える。


「え?」


「一緒に背負ってくれるんでしょ? 響の宿命を……。それは連帯保証人という事ですよね?」

 連帯保証人?


「言っている意味が、よく……」


「響がこの神社を継げなくなった場合は、先生にやってもらいますから。まずは基礎知識の習得ですね。後日、研修資料をご自宅へ郵送しますので……」


「いやいやいや、なんでそうなる⁉」

 ただでさえ慣れない仕事とラノベ窟だけで手一杯なのに、そんな余裕あろうはずがない。


「まぁ……資質は響に及びませんが、機転と行動力はなかなか……」

 独り言とともに逡巡を続ける響の母に、俺の言葉は届いていない。


「なに冷静に評価を下してるんだ⁉ 響も何とか言ってやれ!」


「私は……」

 ふわりと距離を詰めた響は、


「いいよ」

 優しく耳元で囁く。


 思わず、それでもいっか、と思わせるような破壊力が響の囁きにはあった。俺は首を左右に高速で振り、雑念を捨て去る。


「……と、とにかく、後は家族でちゃんと話し合え! 月曜からは学校へ来いよ!」

 それだけを響に言い残し、俺は逃げるように応接室を後にする。地べたに正座し続けている響の父の殺意に満ちた瞳に戦々恐々としながら……。




 玄関を出ると、今まさに空の色を変えようとする西日に照らされる。じきに日が暮れる。


「和久井センセイ!」

 慌てて追いかけてきた響が、息も絶え絶えに名を呼んだ。


「おいおい、今は家族といろ。ちゃんと話し合え。俺にできるのはここまでだ」


「いいの。今はシャルちゃんとユピさんに会いたい……会って、ちゃんと謝りたい!」


「でもなぁ……」

 俺は応接室の方角を仰ぎ見る。


「帰ったら、きちんと話せるから大丈夫! なんだか冷めた家族だと思ってた……。私の事も跡継ぎ程度にしか思っていないって……。でも、私たちの間には確かに愛があった……ちゃんと愛があったんだ! ちょっと歪だけど……。それがわかったから、もう大丈夫なの!」

 胸に手を当てた響は、潤ませた瞳を大きく見開いて叫んだ。


「そうか……」

 口元が緩むのを自覚する。


 俺は理性を捨てて、響を得た。良かった……心の底からそう思う。


「それに、小説のネタになりそうだし……これからはイロイロ聞き出……話せるよ……」

 ナニを聞き出すつもりなんだ……


「おまえ……凄いよ……いや、一流の……変態だな……」

 思わず洩れた訳の分からない人物評に、頬を桃色に染めた響は、


「一流の……変態……? 最高の賛辞をありがとうございます、センセイ……」

 スカートの裾をそっと摘み、上品に跪礼きれいする。


 その姿は心がざわつく程に美しい。


 俺は理解した。とんでもない奴に関わってしまったのだと……。




 俺たちの姿に気づいたユピテルが駆け出し、そのままの勢いで響に抱きついた。


「その様子なら成功したようね……」

 深く安堵の溜息を吐いた紗里緒が、


「……響……ゴメン!」

 おもむろに頭を下げる。


「……んーん、私が悪かったの……本当に、ごめんなさい」

 頭を左右に振り、一歩踏み出した響はゆっくりと紗里緒を抱きしめた。


「ビンタ……痛かったでしょ?」


「大丈夫だよ、シャルちゃん」


 慈しむように自らの頬を撫でる響を押し返すように、肩幅ほどの距離を取った紗里緒は、両手をギュッと握り込み、僅かに顔を突き出す。そして、固く目をつむった。


「私が私を許せないの! 私にも一発! 頂戴!」

 恐る恐る左頬を差し出した紗里緒の、


「……わかった。それでシャルちゃんの気が済むのなら……」

 心根を理解したかのように響が目を細めた、次の刹那、


――ズバン!


 剛速球を受けたキャッチャーミットの如く、張り詰めた音が辺りに響く。

 スローモーションのようにゆっくりと、紗里緒の身体は大きく傾いだ。


「ご、ごめん。私、人に手をあげた事なくって……加減が……」


「いい一撃……だった……よ……」

 二人は再び抱き合った。いや、倒れ込んだ紗里緒を響が抱き止めたという方が正しい、か。鼻から滴る血が、平手の威力を物語っている。


 響を怒らせてはいけない……そう自戒する俺に優しい声が降りかかる。


「センセイ、私、もう、遠くはいいの……」

 ぐったりとした紗里緒の身体を抱えながら響は、天を掴むように虚空へ手の平を掲げた。


「……今度は、高みへ行きたいな」


「……いけるさ……俺たちなら」


 複雑な境遇を背負う少女の進むべき道を、推し量ることは叶わない。

 しかし、目の前に広がる夕焼け空のように、晴れ渡っている事だけは確かだと思った。


お読みいただき、ありがとうございます。

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