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ラノベ窟のヘヴィーな廃人  作者: 広江宇一
19/70

第19話/二章-⑥

「この……ウンコ製造機がぁぁぁぁぁあ!」

薄暗い教室に銀髪少女の怒号が響き渡る――


純文学作家を目指すも挫折し、国内でも珍しい文学科を備えた高等学校『高村学園』に就職した和久井耀は、文芸部の顧問を任される。しかし、待っていたのは通称『ラノベ窟』。ライトノベルをこよなく愛する変人の巣窟だった。


新進気鋭の女子高生プロライトノベル作家に囲まれ、『ラノベ窟』の非常識な活動に翻弄されながら、耀は至高の作品を書き上げることができるのか――!?


【登場人物】

和久井耀わくいよう     高村学園常勤講師

那津川紗里緒なつかわしゃりお  執筆ジャンル:王道ファンタジー

紺野響こんのひびく     執筆ジャンル:男性向けラブコメ

ユピテル      執筆ジャンル:MMORPG中心

卍風理まんじふうり     執筆ジャンル:異世界転生モノ

小早川優奈こばやかわゆうな  執筆ジャンル:女性向け恋愛小説


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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 悪い事は続くものである。


 朝からタイミングの悪さに辟易へきえきしていた俺は、嫌な予感を抱えている。昼を過ぎても重い雰囲気は払拭できず、それは校長が露骨に俺を避け続けている事だけが原因ではないようだった。俺の直感は当たる。殊に、悪い方面に関しては……。


 放課後に差し掛かろうかという時間になって、内線が鳴った。授業のなかった俺は、自席で事務作業をこなしていた。電話機の短縮ボタンが校長室からの発信であることをランプで知らせている。過ぎった躊躇ためらいを振り切るように、俺は受話器を取り上げた。


「和久井先生……校長室へ……」

 校長の引きつった声が俺を呼ぶ。何か良からぬ事態になっていることは明白だった。手帳と筆記用具を小脇に抱え、足取り重く校長室へ向かうしかなかった。


 ノックして校長室の扉をくぐると、校長と対面して一人の男性がソファに掛けている。白髪交じりのオールバックに、ダークグレーのスーツ姿。年の頃、四十代中盤といったところの、身なりのよく行き届いた紳士だった。面識はない、はずだ。しかし、この顔、どこかで……。


「お呼びでしょうか?」

 男は視線を合わせようともしないので、校長へ向いて俺は軽く頭を下げた。


「こちらは紺野さん。一年の紺野響さんのお父様だ」

 そう言われると、尻下がりの目元に面影が感じられる。


「はじめまして、和久井です。響さんが所属している総合文芸部の顧問を務めております」

 向き直った俺が深く頭を下げると男は一瞥し、紺野です、とぶっきらぼうに吐き捨てた。


「まぁ、掛けたまえ、和久井先生。早速だが、この本をご存じかな?」

 目の前の卓の上には見知った文庫本が一冊……。それは響の著作だった。


「えぇ、読んだことはあります」


「作者が誰か、ご存じですか?」

 不機嫌そうな表情を崩さない響の父に代わり、校長が矢継ぎ早に質問する。


「えぇ、一応」


「誰です?」

 まるで尋問のようだった。


「それは私の口からは言えません。本人のプライバシーに関わりますので」

 家族には秘密にしていると言っていた。それは守らなくては。


「紺野さんのお父様曰く、どうやら響さんが書いたんじゃないかと仰られるんです」


「そうかもしれませんね」

 俺は素っ気なく答えた。


「お前たちが娘を誑かしたんだろう!」

 煮え切らない返事に耐えられなくなったのか突如、男が立ちあがり声を荒らげる。


「ウチの娘はこんな破廉恥な文章を書くようには育てていない! お前や那津川という娘がそそのかしたに違いないんだ!」


「私も那津川も唆したりしていません!」


「信用できるか! こんな高校には通わせられん! 転校させる!」

 俺の話を聞く耳は持たないようだ。


「お父様、それは早計です。落ち着いて下さい」

 咄嗟に校長が割り込みなだめると、男は乱れたスーツを直し、再びソファへ腰を下ろした。


「とにかく……未成年にこんなものを書かせている総合文芸部とやらは廃部にすべきだ! そうでなければ、響は転校させる」

 廃部……この流れは良くない。話題を変えないと……ここにきて俺は一つの疑問に達する。


「今日はお母様は?」


「……妻は……家に置いてきた」

 男は目を逸らし、バツが悪そうに言い淀む。これは……


「お母様はご存じだったんですね?」


「……ぐ……」

 痛い所を衝かれたという風に歯噛みする。

 以前から疑問だったのだ。未成年が刊行する場合、親の許可が必要に違いない。響は何の咎めも受けなかったのか、と。


「今回の件、お母様から相談されたんですか?」


「いや……あいつら結託して隠してやがった……娘の口座に謎の入金があったから、調べたんだ。娘の部屋を……。そしたら、原稿やら契約書やらが出てきて……」


「勝手に娘さんの部屋を調べたんですか⁉」

 やっかむ俺に、男は鼻白む。


「娘の部屋に親が入って何が悪い! 家族の部屋に入るのに許可なんて要らないんだよ!」


「そんな考えだから、お母様も響さんも打ち明けられなかったんじゃないですか?」


「うるさい! 妻と娘には言って聞かせる! だが、部活動がいかがわしい行為を助長させているのも事実だろう!」


「刊行物に関しては、出版社との契約です。学園は一切関与していません。小説の内容も過激ではありますが、年齢制限ゾーニングされる程ではないでしょう。響さんが総合文芸部で行っているのは、真っ当な文芸活動だと断言できます」

 ……たぶん。……いや、そうだといいな。


「それでも、ウチは神職だ」


「知ってます」


「変な噂が立ってみろ。面目丸つぶれになるんだぞ」


「娘さんの個性や将来より、面子の方が大切なんですか?」


「何だとぉ……?」

 神主とは思えない凄みで睨みつけてくる。瞳の奥の底知れなさもまた、響にそっくりだ。


「まぁまぁ、二人とも抑えてください。顧問の和久井もこう言っておりますし、部活動については私の方で改めて指導します。転校となりますと、手続きが煩雑ですし、なにより響さんの将来や人格形成にも大きな影響が出てしまいます。一度、親子でじっくりと話し合われるのがいいでしょう。響さんは優秀な生徒ですし、分別を弁えていると私は信じています」

 不穏な空気を打開しようと、またしても校長が割って入る。


「……わかりました。校長がそう言うのであれば……」

 男はゆっくりと立ち上がる。


「しかし、総合文芸部は退部させます。それを聞き入れない場合は……」

 鋭い視線が俺を射る。


「問答無用で転校させます」

 吐き捨てるように言い残し、響の父はさっさと校長室を出ていった。


 足音が完全に消え去るまで無言を貫いた校長は、小さく溜息を吐いて呟く。


「和久井先生……穏便に処理を頼むよ……」


 どうやら一任するという事らしい。投げっ放しともいう。


 頭を掻きむしって立ち上がった俺は、目を逸らし窓の外を眺め続ける校長へ一礼すると、部屋を後にした。


お読みいただき、ありがとうございます。

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