第18話/二章-⑤
「この……ウンコ製造機がぁぁぁぁぁあ!」
薄暗い教室に銀髪少女の怒号が響き渡る――
純文学作家を目指すも挫折し、国内でも珍しい文学科を備えた高等学校『高村学園』に就職した和久井耀は、文芸部の顧問を任される。しかし、待っていたのは通称『ラノベ窟』。ライトノベルをこよなく愛する変人の巣窟だった。
新進気鋭の女子高生プロライトノベル作家に囲まれ、『ラノベ窟』の非常識な活動に翻弄されながら、耀は至高の作品を書き上げることができるのか――!?
【登場人物】
和久井耀 高村学園常勤講師
那津川紗里緒 執筆ジャンル:王道ファンタジー
紺野響 執筆ジャンル:男性向けラブコメ
ユピテル 執筆ジャンル:MMORPG中心
卍風理 執筆ジャンル:異世界転生モノ
小早川優奈 執筆ジャンル:女性向け恋愛小説
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「嫌い」という声をよく聞くが、新車特有の、あの独特な香りが俺は好きだ。
車を買った! 買ってやったぞぉ! という充足感に浸ることができるし、ワクワクして何処かへ出掛けてみようという気持ちを加速させる。
しかし、そういう喜びは一人で噛みしめてこそ価値があるものだが、俺には一瞬たりと与えられることはなかった。結局、車の引き渡しが終わったその足で、スーツ姿のまま山奥の温泉まで引っぱり回されたのだ。観光客の少ない穴場の温泉は、確かに気持ちよかった。露天風呂の板一枚隔てた向こうに裸の響がいると思うと、妄想を掻き立てられた。湯上りの女子がやけに艶っぽかったのもいい思い出だ。
だが、硫黄臭に上書きされた車内を消臭するには、その後、数日を要したのだった。
週が明けた月曜日、俺は買ったばかりの車で出勤する。経緯はともかく、マイカー通勤は快適この上ない。バスや電車に乗らなくて済む。従って、今までよりも一時間は長く寝られる。朝の一時間は、灼熱の砂漠における水ほどに貴重だ。
しかし、俺はなにも分かっていなかった。空気が読めていなかったと言ってもいい。
学園に到着し、当たり前のように教職員用駐車場に車を停めた。隣にはシルバーの何の変哲もない軽自動車が止まっている。今まさに、その軽から持ち主が降りようとしていた。書類と鞄で片腕を一杯にしているのは、俺の直属の上司である主任だった。五十路の老練である。
「おはようございます!」
車から降りた俺は、元気よく主任に挨拶した。
「……あぁ、君か。おはよう」
主任は怪訝そうな眼差しで俺と俺の愛車を交互に見つめたあと、静かに言った。
「中々いい車に乗ってるじゃないか……」
「あー、成り行きで買う事になってしまって……」
真意を汲み取ることができず、愛想笑いする俺。冷ややかな視線で主任は自分の車と俺のレクサスを見比べて、一つ溜息を吐いた。
「私は気にしないけどね……ここには校長も停めるからねぇ……。裏の駐車場に停め直した方がいいんじゃないか? もちろん、私は全然気にしないんだけどね、私は……」
呪詛の如く繰り返す主任の言葉に、俺はハッと気がついた。
勤めはじめて間もない常勤講師が、高級車で乗り付けてきたら周りはどう思うだろう。悪目立ちするのは間違いない。場合によっては、相手の面子を潰すことにもなるだろう。
「ご忠告、ありがとうございます! すぐに移動します!」
主任に頭を下げ、車へ乗りこもうと踵を返す。
その瞬間、駐車場へ入ってきた車が横切り、行く手を遮る。俺の車に横付けした白いプリウスの運転席には、校長の姿があった。
一歩、遅かった……。そんな様子を尻目に主任は、後は知らんとばかりに歩き去った。
「おはようございます、校長先生……」
「あぁ、おはよう! いやー、最近の若い人は中々豪胆だね! レクサスでご出勤とは、重役のようじゃないかぁ?」
満面の笑顔の裏側で、校長の放つプレッシャーが圧し掛かる。
「プリウスも……いい車ですよね……」
なんとか言葉を捻りだすものの、現状を覆すには及ばない。
「そうなんだよ! 燃費もいいしね! レクサスなんて乗ろうとも思わなかったよ! ホントだよ! 妻に反対されたわけじゃないんだよ! 決して! 高いばかりがいい車ってわけじゃないよね! そうだよね! ね!」
うーん……地雷を踏んでしまったかもしれない。
「そうですね……」
としか答えようがない。
「でも……今度、一緒に乗せてもらおうかな? 折角だし!」
なんだよ……その地獄のようなドライブは……
「……なんて、冗談冗談。私はプリウス一筋だからね! 浮気はできんよ」
ガハハと笑う校長の目は笑っていない。その時、背中に声が降りかかる。
「和久井先生!」
振り向くと、相模原教諭が笑顔で駆け寄ってきていた。
「車! 買われたんですか⁉」
「はぁ、まぁ、これを……」
俯き、存在感を可能な限り消し、控えめにレクサスを指さす。
「高級車じゃないですか! うわー乗ってみたいなぁ」
「……はぁ……まぁ……機会があれば……」
歯切れの悪さを察してくれ、相模原! あまり深掘りするな!
「ハハハ……相模原先生。私の車もいい感じですよぉ! 乗ってみますか?」
校長の余計な一言に、俺の背筋は凍った。頼む! うまく返してくれ!
「プリウスですかぁ……? 父が乗ってるんで結構ですぅ」
俺の祈りは届かなかった。ほぼ最悪の返事に頭を抱える。
「ハハ……」
校長は短く笑うと、
「……調子に乗ってんじゃねぇぞ……」
俺だけに聞こえるように小さく呟くと、トボトボと歩き去ってしまった。
それからというもの、校舎裏の端の端を選んで駐車しているのは、言うに及ぶまい。
閑話休題。
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