第17話/二章-④
「この……ウンコ製造機がぁぁぁぁぁあ!」
薄暗い教室に銀髪少女の怒号が響き渡る――
純文学作家を目指すも挫折し、国内でも珍しい文学科を備えた高等学校『高村学園』に就職した和久井耀は、文芸部の顧問を任される。しかし、待っていたのは通称『ラノベ窟』。ライトノベルをこよなく愛する変人の巣窟だった。
新進気鋭の女子高生プロライトノベル作家に囲まれ、『ラノベ窟』の非常識な活動に翻弄されながら、耀は至高の作品を書き上げることができるのか――!?
【登場人物】
和久井耀 高村学園常勤講師
那津川紗里緒 執筆ジャンル:王道ファンタジー
紺野響 執筆ジャンル:男性向けラブコメ
ユピテル 執筆ジャンル:MMORPG中心
卍風理 執筆ジャンル:異世界転生モノ
小早川優奈 執筆ジャンル:女性向け恋愛小説
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「では、こちらに判を」
とんとん拍子に話が進む。
俺の人生を賭けた契約書は、ものの十分足らずで目の前に差し出された。
「あ、判子。持ってきてねぇや」
「あるわよ、はい」
紗里緒は片手で弄んでいた判子を、放る。虚空で掴んだそれは、まさしく俺の実印だった。
「なんでお前が持ってるんだ!」
「要るかと思って、職員室の引き出しから持ってきておいてあげたのよ」
なんて用意周到な……
「取りに戻ると、どうせ怖気づくでしょ」
紗里緒は歪に笑う。
「確かにな……今日の俺はどうかしてる……」
いや、昨日からか……こいつらと出会ってから振り回されっぱなしだ。理性も分別も今となっては風前の灯……。
「一昨日の俺なら判子を持つ手がブルってただろう……」
だが……
「もう、引き返す気はねぇ!」
判子を振り上げた俺は、力強く押印した。
「ご契約、おめでとうございます!」
案内嬢の晴れやかな笑顔が眩しい。
「つきましては、納車のお日にちですが……」
契約書をなぞるように、説明が続く。
しかし、俺の耳に届いてはいない。俺は既に脳内で響とのドライブデートを夢想していた。
照りつける太陽……青い海……健康的な肢体の響は水着で……泳ぎ終えた二人は、そのまま浜辺のコテージへ……
「……はい、キャンセルで……」
キャンセル⁉ 幸せ絶頂の俺に後ろ向きな単語が突き刺さる。
「キャンセルなんて! させないぞ!」
声の出所を振り向くと、紗里緒がどこかへ電話している。
「はい、はい。それじゃ」
通話を切りながら、射抜くような眼差しが俺を見つめる。
「させないって、何を? どうせ、また邪な妄想でもしてるんじゃないの?」
ごもっとも。
「いいのよ。キャンセルしないで、もう一軒のディーラーも行く? もう一台欲しいなら、買ってもいいのよ。これ以上、お金は貸さないけど」
ディーラー? 車屋か?
「もう一軒、って……」
「大衆車のディーラーも予約してたの。まさか、いきなり一軒目でレクサス買うとは思わないじゃない?」
「おいーーーーーー! もっと! 早く! 言え!」
腕を組んだ仁王立ちで薄笑いを浮かべる紗里緒に詰め寄る。
「アンタが勝手に突っ走って、勝手に契約した。そうでしょ?」
「火を点けたのはおまえだろ!」
「思考停止して、なんの疑問も抱かず買った自己責任でしょ! 家賃以上のカーローンって……どんだけレスサス好きなのよ。ま、私たちが乗るんだし、いい車に越したことはないわね」
紗里緒はケラケラと笑った。
――嵌められた!
最初から掌の上で踊らされていた事に気づき、一気に現実へと引き戻される。俺は来月から食っていけるのか……? 急に足が震えはじめる。冷や汗が止まらない。
そうだ!
「……キャンセル……」
振り向いた先の案内嬢は契約書を指先で揺らし、満々の笑みで頭を振った。
「まぁまぁ、センセイ。買っちゃったものは仕方ないですし、海でも行きましょうよ」
快楽主義な脳が響の水着姿を妄想し、アツいモノが込み上げる。
「私は温泉がいいわ。最近、疲れが溜まってるし」
紗里緒よ……疲れとストレスに関しては、俺の方が上回っている自信があるぞ。
「……そうだな……海へ行こう……」
「アンタ……誰にお金借りてるんだっけ?」
「……すみませんでした……」
俺には行先を選ぶ自由すら与えられてはいない。
翌々週。
週末の土曜日はよく晴れていた。仕事は休みにもかかわらず、朝からスーツへ袖を通す。そう、今日はレクサスの納車日。納車に際して簡単なセレモニーを執り行ってくれるという。写真撮影があるので、就職活動のために買ったスーツを久しぶりに引っ張り出してきたのだ。
この二週間は地獄だった。駐車場の契約に自動車保険への加入。住民票や車庫証明などの必要書類を掻き集めるために関係各所を奔走した。
車を買うって、こんなに重労働なのな。
そこには高級車を買ったという満足感は皆無だった。ただ、あったのは漠然とした不安。重すぎるローンを思うと夜も眠れず、不安に駆り立てられるように原稿に向き合った。これが紗里緒の言うプレッシャーというのであれば、確かに筆を加速させている。同時に、不健康も加速させている気がするが……。
「あ……」
数か月前に袖を通したはずのスーツが少しブカつく。どうやらこの一週間で痩せたようだ。ベルトの穴を二つ分多めに絞めて、自宅を出る。
「……なぜ、ここに……」
レクサスの販売店に到着した俺を迎えたのは、
「遅ーい!」
白いワンピースに麦わら帽子を被り、満面の笑みを湛える紗里緒だった。
傍らには、苦笑いで手を振る響と眠そうなユピテルの姿もある。
「そりゃ部用車の納車式なんだから来るでしょ」
「社用車みたいにいうな! 俺の! 車だ!」
「誰にお金借り……」
「すみませんでしたぁ! 心行くまで納車式をお楽しみくださいぃ!」
ヘコヘコと頭を下げる姿が店頭の磨き抜かれたガラスに映り、自己嫌悪を促進させる……。
「スーツって……」
ノースリーブニットに花紋のフレアスカートという装いで、これからピクニックにでも出掛けて行きそうな響の、押し殺した笑いが洩れ聞こえる。
「しかも、サイズ合ってないんじゃないの? 顔色も悪いし、お下がりのスーツで就職活動してる苦学生みたいに見えるわよ」
麦わら帽子を目深に被りなおした紗里緒が、相変わらず容赦のない評価を放つ。
「誰のせいで……」
「何か言った?」
「いいえ……なんでも……」
鍵の引き渡しが終わると、記念写真を撮った。後日、額装して送ってくれるそうだ。レクサスの納車式に高校の部活メンバー総出で参加するなんて、俺たちくらいだろう。音信不通である風理の顔写真も、卒業アルバムの撮影日に欠席した生徒の如く、加工して隅に入れ込んでくれるそうだ。さぞや個性的な写真が出来上がるに違いない……。
エンジンを掛けると同時に、拍手が沸き起こる。黒塗りの高級車が、神々しい営業スマイルを湛えた案内嬢の誘導に従ってゆっくりと動きはじめる。販売店の所長からメカニックに至るまで勢揃いでの拍手に圧されて県道へ出ると、有象無象の車列に混じってあてもなく走っていく。拍手の音は次第に小さくなり、消えた。
「どこに向かってるんだ、コレ……」
助手席の響が勝手にナビを操作しはじめる。ポーンと軽い音が鳴り、目的地として数十キロ先の山奥がピンで指し示された。
「もちろん!」
紗里緒が高らかな声で宣言する。まさか……
「温泉よ!」
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