第16話/二章-③
「この……ウンコ製造機がぁぁぁぁぁあ!」
薄暗い教室に銀髪少女の怒号が響き渡る――
純文学作家を目指すも挫折し、国内でも珍しい文学科を備えた高等学校『高村学園』に就職した和久井耀は、文芸部の顧問を任される。しかし、待っていたのは通称『ラノベ窟』。ライトノベルをこよなく愛する変人の巣窟だった。
新進気鋭の女子高生プロライトノベル作家に囲まれ、『ラノベ窟』の非常識な活動に翻弄されながら、耀は至高の作品を書き上げることができるのか――!?
【登場人物】
和久井耀 高村学園常勤講師
那津川紗里緒 執筆ジャンル:王道ファンタジー
紺野響 執筆ジャンル:男性向けラブコメ
ユピテル 執筆ジャンル:MMORPG中心
卍風理 執筆ジャンル:異世界転生モノ
小早川優奈 執筆ジャンル:女性向け恋愛小説
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「……まぁ、試乗くらいなら……。いいですか?」
請われた案内嬢は微笑んで頷くと、すぐに車の手配へ取り掛かる。数分の後には玄関前のロータリーへ車が回ってくる。俺が運転席へ、助手席に響。案内嬢と入れ替わりにやってきた営業のオッサンを含め、他の部員は後部座席へ乗り込んだ。
七人乗りのクロスカントリーSUV。高級車だけあって、シートの座り心地は格別。走り出しても車内は静かで、エンジン音をほとんど感じさせない。アクセルを少し踏み込むと、熱したナイフがバターを割くようにスルスルと加速していく。営業のオッサンのご機嫌取りトークだけが車内を賑わせている。
「最高の乗り心地……遠くへ……行きたいな……」
少し開いた窓の隙間から流入する風が、響の前髪を小さく揺らす。
意図してやっているのか、いないのか、俺の脳裏には響の甘く切ない声がリフレインする。しかし、響の望みとは裏腹に、十五分程度の試乗コースは、あっという間に終わりを告げた。
「お疲れさまでした。お見積もりは如何しましょうか?」
暑苦しい営業のオッサンはいつの間にか姿を消し、案内嬢が再び満面の笑みとともに現れる。
「じゃ、見積もりだけなら……」
見積もりは無料だ。まったく買う気もないのに図々しい話だが、何となく『買いません!』とは断言できなかった。鷹揚な案内嬢に気圧されたというのも多分にあるが、響の呟いた願いが後ろ髪を引っ張り続けている。
間接照明に囲まれた商談机に案内され、飲み物を勧められた。無難にホットコーヒーをお願いすると、見慣れない高級そうな茶菓子とともに供される。遠くではユピテルが代わる代わる寝心地という名の乗り心地を試し続けている姿が目に入った。紗里緒と響はというと、カウンターで上品に紅茶をすすっている。
うまい茶菓子に舌鼓を打ったところで、案内嬢と営業が並んで見積書を持ってきた。気まずい……。絶対買わない俺のために働いてくれているのが心苦しい……。
「お待たせしました。ご試乗いただきました、RRX四五〇のお見積もりをお持ちしました」
お洒落で上質な台紙に挟まれた書類を取り出す。
「……ろ……」
一瞬、思考が停止する。
「六百八十七万円……」
桁が違いすぎる。分不相応なんてもんじゃない。手も足も出ない。
「……えぇと……その……」
言い淀んだ俺の答えを、急かされることは無かった。これだけの高級店である。売り込むような真似はしてこない。ただただ愛想のいい微笑みが俺の二の句を待っている。
それでも何も言えない俺に対して、案内嬢は紙を一枚、めくった。
「認定中古車というのもございまして、多少走行距離は出ますが、コチラのお値段です」
そうそう、中古ならね。手が届く……
「……六百十三万円……」
……訳が無かった。
「どうすんの?」
いつの間にか紗里緒と響が背後に立っていた。
「どうすんの、っつったって、買えねぇよ!」
声を落として、縋るように本音を吐露する。
「これってローンだとどうなります? フルローンで」
「お、おいっ!」
モジモジと身体を揺らすばかりの俺を押しのけた紗里緒が、勝手に話を進めはじめる。
「当店では、最高八十四回ローンのご用意がございます。そちらですと……」
営業のオッサンがたどたどしい手つきで、不器用にタブレットを叩き、
「頭金百五十万円の、月々六万円でお乗り頂けます」
さらりと言ってのけた。
「現実的ね」
こちらも紗里緒が簡単に応じる。
「俺の住んでるアパートの家賃が五万五千円だぞ! 家賃よりも高い車のローンを毎月、七年間も払うってのか⁉」
「だったら、断ればぁ?」
確かに……なぜ俺は断らない? 別に買う事を強要されているわけでもないし、実際買えないし、俺の預金では頭金すら満足に払えない。しかし、買いませんという一言がどうしても喉を通って出てこない。断ろうと考えると、声が脳内を駆け巡る。
『アンタに足りないのは、そういうプレッシャーよ!』
紗里緒の声。
『……遠くへ……行きたいな……』
響の声。
俺は今、買わなきゃ、と思っている。見栄だろう。わかってる。悪い癖だ。わかってる。それでも、ここで一歩踏み出したいと望んでいる!
俺に打てる手は他にないのか……金……金さえあれば……そうだ……『シリーズ累計百二十万部』の印税って、一体いくらだろうか……
「紗里緒!」
俺は迷わず伝家の宝刀を抜いた。
「頭金の百五十万を貸してくれ!」
次の瞬間、反射的に土下座していた。空気が凍る。その場にいた全員が息を呑む。
紗里緒を除いて。
「……返すアテはあんの?」
茶化された方がマシだと思えるくらい、その声音は真剣で、鋭い。
「印税が入ったら返す」
あぁ。固く冷たい床だ。土下座することを想定されて造られてはいないだろう。綺麗に磨き抜かれて光沢を放つ大理石調の床へ頭を擦りつけて、俺は言い放った。
「……ぷっ……ククク……アンタが……印税……?」
「必ず返す! 約束だ!」
「三万冊以上は売らないとだめなのよ?」
三万冊……俺の小説の軽く十倍。
「絶対に売り上げてみせる!」
顔を上げた俺は、紗里緒を見据える。
「いいでしょう……」
紗里緒は微笑んで、
「貸すわ。百五十万円」
あっけなく呟いた。
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