7 私とダンジョンの誕生日
新緑の美味しそうな季節に、私は五歳となった。
神様のダンジョン作りに施行遅れはなかったようで、真夜中に小さな地響きと共にダンジョンは生まれたらしい。
らしい。というのは、私がその時間しっかり眠りの中にいて、ダンジョン誕生を朝に知ったからだ。
朝といっても、ダンジョン発生を知った街の人達が陽も昇らぬ内に教会へ押しかけてきたので外はまだまだ暗かったのだが。
対応した神父様は私を普段起きる時間まで寝かせてくれようとしていたようだが、流石に異様なざわめきの中で眠り続けてはいられなかった。
私は此の日の為に仕立ててもらっていた真っ白なアルバを身につける。
装飾などは一切無い簡素なものだ。
日頃カソック等は着ていないので、これが初めての神に仕えるものらしい服装だなとしみじみ考えながら自室を出る。
薄い扉1枚でも幾らかは喧騒を遮ってくれていたようで、廊下に出た途端熱の乗った声が多く耳をつんざく。
居住スペースを抜け、人々が詰めかけているらしい礼拝堂へと顔を出す。
そこには祈りを捧げに来たことのある人も、街でしか見かけたことのない人も、こんな人この街にいたっけ?というレベルの人も、それはもうぎゅうぎゅうにざわめいていた。
パキラはまだ寝ていると、どうにか人々を宥めようとする神父様には疲れが見える。
こんな朝早く……、夜遅く?から大勢へ対応をしているのだ。疲れもするだろう。神父様もう若くないしなあ。
私は意を決して神父様の傍へ駆け寄った。
「……ああ、パキラ。起きたのですか」
「はい。神父様。皆様も、おはようございます!」
申し訳なさそうに眉を下げる神父様に心配しないでという気持ちを込めて笑い、顔を前へ向けた。自分へ注目を向けさせるため、大きな声で挨拶をしてから頭を下げる。
途端に、あれほど喚き散らかしていた人々は何故か言葉を失うが視線だけは容赦無く私へと突き刺してくる。
そこには好奇、畏怖、尊敬、憐憫、その他諸々様々な感情が渦巻いていた。
興奮もあるが、どこか湿っぽい。これはよろしくない。
「もしや皆様、私の誕生日をお祝いに来てくださったのでしょうか?プレゼントはお断り致しませんよ」
おどけて私が首を傾げて見せれば、僅かに堅い空気が弛む。
「それとも、ダンジョンへ向かう私のお見送りに来てくださったのでしょうか?お見送りが神父様だけだったら寂しいなと思っておりましたので、プレゼントの無い方は是非『いってらっしゃい』を私へのプレゼントとして下さい」
弛んだ空気にダメ押しとばかりにニコニコとおねだりを口にする。
ダンジョンの話題を出したことで微妙な顔をする人も多くなってしまったが、知った事ではない。誰かが口を挟む前にと更に言葉を続けた。
「すぐにでも向かいたいところなのですが、もしかすると神様はまだ眠っている時間かもしれません。ダンジョンを作ったばかりで疲れていらっしゃるから、朝はお寝坊したいかも。ですから、私はお昼頃にダンジョンへ向かいたいなと考えております」
こんな時間から此処にいても意味はないので帰ってくれ。そう伝わることを願い、私は笑顔で礼拝堂の外へと続く扉の前に立つ。
おかえりはこちらですよ、とは言わないけども。
「皆様も、まだ眠たい時間でしょう?無理をしてはいけませんよ。お時間の合う方はまた後程、お仕事のある方は今『いってらっしゃい』をくださいね!」
礼拝堂の扉を開くと、まだまだ外は闇に包まれていた。
勿論集まった人々がそう簡単に帰路につく筈もなく。発生したダンジョンのこと、神様のこと、様々な問いが与えられたが、殆どの質問は『今は分からない』の言葉で乗り切った。
なにせ今の私は五歳だ。実際ダンジョンに関しては何も分かりはしない。街の人々からの質問も次第に少なくなり、最後は『頑張れよ』と『いってらっしゃい』を残して帰る人が多くなってゆく。
最後に残るのは男女一人ずつ、……私の両親だ。