5 ともだち
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私は四歳になった。
いや、四歳の祝いはもう十ヶ月以上前に済ませたから、どちらかというと五歳に近いのだが。とにかくこの世界に生を受けて四年以上が経った。
産まれたばかりの頃の記憶はない。それからの二年程も、曖昧な記憶しかないように思う。
正確な頃は分からないが、三歳辺りから断片的に私が『私』であった頃の記憶を思い出すようになっていった。
扱いとしては前世の記憶と言ったらいいのだろうか。
死後に神様と話した記憶もある。
「パキラ、私は町へ出掛けます。夕方までには帰りますよ」
「はい。神父様!いってらっしゃいませ!」
パキラ、それが今世での私の名前だ。
姓は無い。この世界でも多くの人は姓と名を持つものなのだが、私は『神の遣い』になる子供として人間のしがらみを持たぬ為と、姓を持たずに生きている。
私が此のペリカムの街に産まれた時。神により『神の遣い』を任命され、私は教会で暮らすこととなった。
此の教会を支える宗派は全ての神を信仰しており、異界神の遣いとなる私を受け入れてくれた。神様が此の宗派の教会がある場所を選んで生を授けてくれたのかもしれない。
両親は街に暮らしており、父親は鍛治師、母親は食事処の手伝いをしている。毎日とまでは会いに行けないが週に一度は顔を見に行っており、特殊な道を歩むこととなった私に対して少し心の距離を置いているようには感じるが、二人は私の家族であろうとしてくれている。
それはとても幸せなことだ。
血の繋がりがあっても、大多数の人と違うものに相対した時、それを受け入れることが出来ない人間がいるのだと。私は前世で嫌と言うほど体験してきた。
そのせいで自分を抑えて生きていたように思う。だが今世こそは、自分らしく、もっと我儘に生きていこう。
だって折角神様に『私』という存在を認めてもらえて、こんな理想的な体を与えられたのだから!
私は一人心で頷きながら教会周りの花へ水やりをしていく。
小さな教会の一角に植えられているのは千日紅に似た花。食材や料理なんかも地球にいたころと同じものや、名前は違うが似たものがあって驚いたものだ。
四歳の私が調べられることは少ないが、この世界は地球とよく似ている。
もっとも全くもって日本的ではないし、電気は無いから時代も退行しているのだが。あと地球で魔法には一切出会ったことはないし。
こんなことなら高校の専攻で日本史ではなく世界史を選ぶべきだっただろうか。
……否、結局学んだ日本史だって全力で取り組んだわけではないから記憶は朧気だ。
「西洋風……?中世ヨーロッパってこんな感じなのかな……。とりあえずファンタジー系なんだろうけど」
この世界を現すに近い時代や場所は何処だろうかと私は呟く。そこへ複数の足音が近付いてくるが、私は気付かない。
「またブツブツ言ってんのかよ、パキラ!」
大きな声で名前を呼ばれ、私は其方へ顔を向けた。
私より年上の男の子が2人、同い年の女の子が一人。
街に住む子供たちだ。
街で一番大きい商会の長男であり体も声も年齢の割に大きいイセン・アルスト。
サイズの合っていない眼鏡をかけた線の細い……、いやガリガリと言ってもいいような体躯をしているラナン・キュラス。
イセンの妹で此処が異世界であると声を大にして叫ぶような愛らしい桃色の髪と金色のツリ目を持つメリア・アルスト。
ちなみにイセンは金髪に金色の瞳。ラナンは若葉色の髪に橙の瞳。私は前世と同じ黒髪黒目だ。
彼らは街から少し森に入った教会へと、わざわざ遊びに来てくれる私の友だちだ。
私は向けた顔に笑みを浮かべる。
この教会には神父様と私しか暮らしていないので、私にとって貴重な同世代との交流の時間だ。
「ふふ、神様と話してたんだよ」
「まーた言ってら。神様と会うのはまだ先なんだろ!」
まったく、と、イセンは分かりやすく溜息をついて腕組みをした。年上で体の大きいイセンが腕組みをすると威圧感がある。
「でも、もう何ヶ月かすればダンジョンが生まれるんだろう?そうしたら、パキラは……」
言い難そうにもごもごと呟くのはラナンだ。どうにも大き過ぎる眼鏡がずれてしまうのか、しきりに位置を直している。
私の役割は、誇らしきものとして街中の人の知るところである。大人も、子供にも別段秘匿されてはいない。
もっとも、神の言葉を聞いたのは助産師と私の母程度。騙りの可能性無しと断じることは出来ないからと国へは報告のみ上げられているらしいが、街の人間は概ね神の言葉を信じているそうだ。
これも一重に、助産師、母、両名の人徳によるものだろう。
きっと生まれた先が違えば、私はもっと生き辛い思いをしていたに違いない。
事情があったとはいえ、『神の遣い』なんて大層な役割を与えた神様を少し恨めしく思う。
「そうだね。時はもう訪れてるから、ダンジョンが生まれたら直ぐに入るつもりだよ」
神様が言ったという『時が来たら』、これはきっと私が前世を思い出したら。という意味だろう。
だから私はダンジョンが発生したら直ぐに神様へ会いに行くつもりだった。
随分な役割を与えたことに対して恨言を言いたい気持ち1割、……私を私として此の世界に転生させてくれた感謝を伝えたい気持ち9割。
くん、と不意に服の裾を引かれて此処に居ない神様へ向けていた意識が引き戻される。不思議に思って引かれた方向を見れば、今にも泣きそうな顔をしたメリアがそこに居た。
「……神様のとこ行ったら……、パキラ帰ってこられないの?」
釣り上がった目の与える印象通り、メリアという少女は勝気で我儘なところがある。だが一度懐に入れた相手への情は深く、こうして私の為にも心を痛めてくれる。
「……メリア」
きっと大丈夫。根拠もなくそう慰めようとした私の声は、次ぐメリアの声に掻き消された。
「神様のおつかいなんてやめて!仕事ならっ、パパに言えばなんとかなるんだから!」
……本当に良い子なんだ。うん。神様のお言葉に逆らえるくらいには!
「えっと。『おつかい』じゃなく『遣い』だよ、メリア……」
「どっちでもいいもん!パキラ行かないで!メリアと居て!!」
「そりゃいいな。俺からも父様に頼んでやるよ!」
「イセンまでそういうこと言う〜!」
ラナンが訂正するがメリアは声を荒げたままだ。そこに兄であるイセンまで加勢して、私はまた笑う。
そうして夕刻となるまで庭で駆けては遊び、たわいもない話を沢山した。
普通の日々が心から嬉しかった。私が私のままで笑えるのも、『神の遣い』という肩書きがあるおかげだろう。