36 愛着
二人してひとしきり首を傾げてから私は木彫りの猫を取りに立ち、その内の一つを腕に抱いて椅子に戻った。
これは一つ目に作った方だ。福笑いのようにズレた目の位置、やすりがけをしてもなおボコボコとした表面、全体のバランスも悪いので机に置けはするがつつけば横に転ぶ。
二つ目に作った方はもう少し顔形が整ってはいるが、それでもワンさんやチェンの作品と比べるまでもなく素人の作だと知れる。
自分の作品に自信を持てる程、木彫りに打ち込めていない私は困惑するばかりだった。
「初めての作品だから手元に置いておきたいかもしれないなと思って、その女の子には作り手に聞いてから売るかどうか決めるって言ってある」
「ありがとう、……そっか」
「ちなみに、両方欲しいが特に一つ目の猫が欲しいそうだ」
「こっち?」
何故、という思いは消えないどころか増していくばかりだが、自分の作ったものを欲しがっている人がいるというのは嬉しい。
私は無意識に木彫りの猫を撫で、それに視線を落とす。
素人の作ではあるが、自分で最後まで彫ったものだ。愛着はある。しかし求められるのならばそれに応えたい気持ちもあった。
手元に残すか、女の子の希望に応えるか、これは自分で考えるべきことだなと私は口を噤む。
その間にチェンがお茶を用意してくれたようで、走り帰って喉が渇いていたのだと今更自覚した私はそれを一度に飲み干す。
空のカップを置いてから、腕に抱いていた猫をもう一撫でする。
「……分かった。その女の子に一つ目の猫の木彫りを売るよ」
「いいのか?」
「うん!二つ目は手元に残すからね!」
「……そうか」
悩みはしたが、一つ目も二つ目も愛着があるのに変わりはない。
私が意思を固めて頷けば、チェンはどこか安堵したように息を吐いて表情を緩めた。
「なんでチェンがホッとしてるのさ?」
チェンが求めていた訳ではないのにと不思議に思い問い掛ければ、問われたチェンは目を瞬かせて首を捻る。
「……あれ、なんでだろうな?なんか、あの女の子の希望が通るのが嬉しいと思って」
「へえ……?どんな子だった?私と同い年くらいだったって言ってたね」
私の木彫り猫を欲しがってくれた女の子に、なんとなく興味を惹かれただけだった。
然し猫を梱包用の布で包みながら其の答えを待つが、一向にチェンから答えが返ってくることはない。
どうしたのだろうと思ってチェンを見れば、何故か目元を片手で覆い微動だにしない彼の姿がそこにあった。
「えっ、……何?」
「いや……、いや。なんて言えばいいのか」
チェンの言葉はそこで詰まり、また妙な間が空く。私は梱包の手を止めて話の続きを待つが中々チェンは再起動しない。
諦めて木彫り猫の梱包をするべく布で包み、折角だからと木の蔓で編んだバスケットに入れてみる。……中々可愛らしいのではないだろうか。このバスケットは買い物用だから、女の子へ渡す前に自分で別のバスケットを編んでそちらへ入れて渡してあげよう。
カゴ作りのやる気が頭をもたげたところで、のそりとチェンが緩慢な動きで顔から手を外した。
「チェン、今日はもう休んだら?」
「……、」
「ん?」
私はもう先程の話が続くとは思っていなかったので様子のおかしいチェンに休憩を勧める。しかしチェンは小さく首を揺すり何かを呟き、それを聞き取れなかった私はついそれを聞き返してしまう。
「あの子は、……人間じゃないのかもしれない」
なにそれこわい。




