34 葉っぱの手紙
そこからの話は早かった。ワンさんの了承に勢い付いたターニャさんが、早速明日から昼食を持ってくると言い始めたからだ。
「待て待て、せめて月の給金やらキチッと決めろ」
「お金はいいですってば!」
「だーめだ!金を受け取らねえなら頼まねえ!」
恐らくターニャさんとしてはワンさんと関わる機会を増やすのが目的でこの話を進めたがっているのだろう。
だがワンさんも退く気はないらしく、ポケットから小さな紙束を取り出す。紙束は、ワンさんが外で作品案を思いついた時に書き留める為に持っているものだ。それにペンで何かを書き込み、ターニャさんに見せる。
「1日の分をこれだけ見積もって、あとはそこに持ってきた日数を掛けりゃいい」
「も……っらい過ぎですこんなの!」
「外に食いに行くこと考えりゃこんなもんだろ」
「素人の手料理ですよ!これは多すぎます!」
ターニャさんが紙束を奪い『材料費がこのくらいだから……』と書き込み計算を改めている間に、私はパウンドケーキを食べきりお茶もすっかり飲み尽くしてしまったので食器を片付ける。
二人はまだ給金決めに白熱しているようなので、そこに参戦する余地の無い私は悩む。先に帰ると書き置きでも残そうと思ったが、私は紙束を持ち歩いていないのだ。
「あ、そうだ」
少し考えてからふと思い付くことがあり小声で呟きを零して裏口から外に出る。
グラマトは緑多き街。雑貨屋『猫草』の裏庭にも木が生えていて、その落ち葉の中から落ちて間もなく大きめのものを拾う。
その表面に爪先を押し付け『先に帰ります』とだけ跡をつけて、また二人のいる部屋に戻ってこっそり机にそれを置いた。
これで私が先に帰ったとワンさんに伝わるだろう。
そう思いまた裏口の扉へ向かいかけ、足を止める。二度も扉を開けたが二人は私に注意を向けることはなかった。いやこっそり扉を開く努力はしたが、もしも押し込み強盗でも来たら此の二人を残して帰るのは危ないのでは。せめて鍵をかけておいた方がいいかもしれないが、前世でもっとミステリ系統も読んでおけばよかったかな……。
「なに変なとこで止まってんだ」
「いやあ……。外から鍵をかけるにはどうしたらいいかなと、思ったんですが」
扉の前で立ち尽くす私の背にかかる言葉に振り返れば、私の置いた葉っぱの手紙を人差し指と親指で摘みくるくると回すワンさんと目が合った。苦笑しながら何を思案していたか白状すれば椅子から立ち上がったワンさんに頭を軽く叩かれた。
「また変に気ィ回してやがったのか。安心しろ、中から鍵かけとくからよ」
「ありがとね、パキラちゃん!明日からお昼ご飯持っていくから、よろしくね!」
「はい!楽しみにしてます!」
結局静かに立ち去ることは出来ず、私はワンさんとターニャさんに手を振って裏口から出ると一足先に作業場への帰路についた。




