26 チェン
赤茶色の髪を持つ少年は私より幾つか年上のように思えた。前髪を真ん中で分けて落ち着いた雰囲気もあり、十歳を超えているのかもしれないと感じる。
訝しげに私を見るが、其の視線は私だけでなく周囲にも配られているようだ。
「えっと、私はパキラ。今日からワンさんに木彫りを教えて頂くことになっています」
「なんだ、お前がそうなのか」
あからさまに安堵した様子で周囲を警戒するのを止めた少年は、そのまま私に歩み寄ってきた。
「悪いな。木彫り泥棒が子供を囮に使ったこともあるから警戒してた。お前のことはワンおじから聞いてるよ」
木彫り泥棒とは穏やかではない。敷き詰められた砂利は、防犯の為のもので間違いなかったようだ。
正面に立つと矢張り六歳の私では少年を見上げる形になる。私の話を聞いているということは、この少年がワンさんの弟子のチェンさんなのだろう。
「いえ。あの、チェンさんですか?」
「ああ。俺はチェン。呼び捨てでいいよ」
「いいんですか?」
相手との距離が縮まったことでチェンの瞳の色が品のある紫であることが分かる。あまり街では見ない色だなと考えていると、その紫が眼前に近付いてきた。カチリと目と目が合う。
「敬語も要らない。というか、お前……ワンおじはボウズって言ってたけど本当に男?」
「男じゃないよ」
何故かするりと答えてしまってから、此の街で無性を晒していいものかと不安が過ぎり『あ』と声が漏れ出た。迂闊に迂闊が重なった結果の声だったが、チェンは何故か『やっぱり』と頷く。
「あれだろ?男しか弟子にしないと思ったとかだろ。別にワンおじ女でも普通に木彫り教えてくれるだろうけどさ。木彫り馬鹿だから」
「お師匠様に『馬鹿』っていいの?」
「いいんだよ、だって此処が石造な理由が『木だと家の大黒柱でも彫りかねない』からだし」
成る程、それは確かに木彫り馬鹿かもしれない。彫りつくされた家というのは美しいだろうが、強度に問題が出そうだ。
「足止めしちゃったな。まだワンおじ寝てるから、先に作業場ちょっと案内してやるよ」
「ありがとう!」
『あ〜、さっきのは魔法だねえ』
作業場へ向かって歩き出すチェンの後を追おうとした私の頭上から、神様の声が降ってくる。
上を見上げるが、姿は無い。
魔法?私は此の街では来る為に使った移動魔法以外使ってないと思うが……。
然しそれ以上神様の声が聞こえてくることはなく、ただよく晴れた空があるだけだった。
「パキラ!」
既に作業場の入口まで移動しているチェンが着いてこない私に焦れたのか声を張り上げる。私は慌てて砂利を踏み締めそちらへ駆け寄った。
「ごめん!ペリカムだと見たことない虫がいて……!」
「ふうん?虫か……」
私の言い訳が通じたのか、それとも怪しんでいるのか真剣な顔で何事か呟くチェンは作業場の扉を開ける。と、直ぐに扉の近くにあった紙束にペンをガリガリと走らせ始めた。
「チェン?」
「ちょっと待って」
案内役に待てと言われれば待つ他ない。
私はとりあえず扉を閉めてから作業場の中をぐるりと見回した。




