23 歳の差
「おう、ターニャ。いるかい?」
少し粗雑な感じの声が聞こえた頃には、ターニャさんはもう裏口に駆け寄っていた。
一瞬だけ裏口へ視線を向ける横顔が見えたが、其の表情は今まで見ていた笑顔と比べ物にならないくらい輝いていたような。
「ワンさん!今開けますね!」
「そう叫ばなくても聞こえてるって。つうか今昼飯たあ、ちいと遅くねえか?」
確かに二時間前なら昼時と言って相違ない時間帯だったが、そこから裏でターニャさんと話し込んでしまったから店は締めたきりだった。
私が居座ったせいで営業妨害してしまったことに漸く気付いたところで、裏口から入ってきた人物も私に気が付いたらしく声を掛けてくる。
「あ?なんだこのボウズ?」
「パキラちゃんです!店前のカボチャの壁を見て、ワンさんに木彫りのこと聞いてみたいって!」
ターニャさんより少し背の高い、三白眼の壮年男性が両腕に荷物を抱えて室内に踏み入れる。三白眼のせいか、ただ見られただけだとは思うが睨まれた心地だ。
作務衣に似た服を着ており、あまり身なりは気にしないのか後ろで縛られた黒髪は括りきれずに落ちてしまった束もある。
「はじめまして!パキラと申します!木彫りについて聞きたいことがあって」
「あー……、まあ少し待てや。荷物前に置かせろ」
前、というのは陳列棚がある部屋のことだろう。私はそちらへ続く扉を開きに走る。
扉を開いて男性を見上げると、僅かに笑みを浮かべた。
「おう、悪いな」
「いえ」
「パキラちゃん、お茶淹れるから机に置いてくれる?」
「はい!」
お茶を淹れるターニャさんの隣へ向かい、その顔を見上げる。
……うん。とてもご機嫌でかわいい。
じゃなくて。
「ターニャさん、ごめんなさい。私が居座ったからお店閉めたままでしたよね」
「え?……ああ!気にしないで!結構自分の都合でお店閉めてたりするし、街の人なら裏口から声を掛けてくるもの!」
大丈夫大丈夫!と笑うターニャさんだったが一見さんは入店を諦めてしまうのでは……。
むむ、と唸る私の頭を、お茶を淹れ終えたターニャさんがまた撫でた。
「じゃあー、カボチャ持ち帰りの刑に処す!……大きいの二つくらい、もらってくれない?」
「そんな罰でいいなら、喜んで!」
代わりに今度カボチャ以外の差し入れ持ってきますね、と伝えたらターニャさんは満足げに笑ってくれた。
そして其の笑顔はまた違う色に変わる。
「ターニャ、とりあえずいつもの場所に置かせてもらったからな」
「ありがとう、ワンさん!」
明らかにターニャさんの笑顔の色が違う。
私に向けられた笑顔が作り笑いだとかそういうことではなく、この男性に向けられる笑顔には明らかに熱が上乗せされているというか。
これは可愛いかわいい恋する乙女の笑顔だ、と。ターニャさんと出会って二時間の私でも察しがついてしまった。
不躾に其の可愛い笑顔を見上げていると、ガッ!と頭に衝撃が走る。驚いた私が見上げる先を変えると、三白眼が私を見下ろしていた。
「ませてやがんな。ターニャとお前じゃあ年が離れ過ぎてンだろ」
「そ」
「年なんていくら離れてたって愛があればいいと思います」
どうやら私がターニャさんに懸想して見惚れていると思ったらしい男性が紡ぐ言葉に、私が反論するより先に声を発したのはターニャさんだった。
思わぬ反論に、男性と私の視線がターニャさんに集まる。
「そ、そういう小説を前に読んで……」
視線を彷徨わせるターニャさんの年齢はおそらく二十歳くらい、片や此の男性は壮年……四十を少し越えたくらいに見える。
成る程、歳の差で恋愛を否とされるのに異論を掲げたくもなるだろう。
「ほーん。ターニャはガキのがいいのか。街の男衆は泣くなあ!」
私がターニャさんの気持ちをなんとなく汲んで納得している間に、何も察しなかったらしい男性が私の頭を解放して椅子に座った。
いや鈍感か。
「私は!……年上の方がいいんですけどっ」
「おうおう分かった分かった。残念だったなあ、ボウズ」
ターニャさんは視線を外したまま顔を真っ赤にして主張するが、男性にどこまでそれが本心と通じたか分からない。
悔しげに『本当なんですからね!』と半ば叫ぶターニャさんの気持ちが正しく伝わっていなさそうな男性が、私を見る。
「そろそろボウズの話も聞いてやるか。自分の家じゃねえのに悪いが、まあ座ったらどうだ?」
席を勧められ私は男性の正面に、ターニャさんは私の隣へ座った。




