不明確な恐怖
ミステリアスな女性というのは面白いですよね。
自分も試してはいますがうまく書けているかはわからないので、ご指摘いただければ幸いです。あ、でもサイコパスな女性になってても面白いな。
「あ……ぶねぇな!」
蹴り飛ばされて勢いよく身体が後方へ持っていかれる。そのまま近隣の会社の壁を破壊し、室内で倒れ伏す。
「……ってぇな!」
だが幸いにもこちらは鋼鉄兵器に身を纏っているために大したダメージはない。
問題はこの会社の方だ。すっげぇ窓が割れたことによって警報がすごい耳をつんざきそうな勢いで鳴ってる。監視カメラもあるけど顔はヘルメットとフェイスガードのおかげで見えないのが不幸中の幸いだ。
ともあれあのバッタ野郎をとっとと駆除しなければ。
壊れた窓から足を出し、勢いよく跳び上がる……。
「……誰だ、ありゃ」
前に俺の視界には見知らぬ存在がバッタの右前脚を切り捨てていた。
「……あの武装、俺と同じで軽装タイプの鋼鉄兵器保持者か」
昨日の今日で妖魔が出現、さらには千代さんのことを考えると……
「アレは忍者か。めんどくさいことになりそうだな……」
しかし昨日は徹底的に叩きのめしていたとはいえ百足妖魔の方は倒していると見ていいだろう。千代さんの話を聞く限りではあんだけボコしておけば問題ないらしいし。
あんまり考えすぎても俺の場合はよろしくないし、跳ぶ。
距離を一息で可能な限り縮め、二歩目で妖魔と忍者の足元のビルの屋上にたどりつく。
『ギギャア!?』
同時に妖魔は屋上に落下し、忍者は軽やかに着地していた。
(……千夜さんに引き続き女性か)
口元は覆面で隠されているが、体つきで十分にわかる。
赤を基調とした鋼鉄兵器の形状は女性らしい線を見せており、肩の鎧は蛇の頭を模していて装備は小太刀。
実力は妖魔の脚を簡単に切り払ったとことから強者であると予想するのは難しくない。
「……やぁ。君が昨日僕たちに百足の妖魔を押し付けたのかい?」
遠慮なく、しかし嫌悪感を抱くことない声音で彼女は俺に質問する。
「黙秘権を行使する。忍者っておっかなさそうだし」
あえて茶化すように答えを濁す。素直に答えても俺に得はないしな。
「そんなことよりそいつ、先に片付けようや」
バッタの妖魔は痛みが激しいのか足元がふらついている。この様子なら本当に大したことのない妖魔なようだ。
瞬間火力は昨日の百足よりは強力だろうが、打たれ強さはそれ以下で間違いない。
それでも誰かの命を容易に奪えるくらいには強い。もしかしたらもう殺して食べているのかもしれない。
「そうだね。その方がゆっくり話もできそうだしね」
『ギィイイイイイ!』
騒がしい声を喚き散らかしながら逃走を図ろうとする妖魔。だがそんな隙を作ってやるほど俺は優しくない。
抜き手で後ろを見せた妖魔の頭を貫き、忍者の方も妖魔に合わせたように両足の関節を切り捨てていた。
そして妖魔は呆気なく散っていく。
完全に消滅をしたことを確認し、忍者は俺の方を見てにこりと笑った。
口元は覆面で隠されているが、それくらいはわかる。ただ作り笑顔なのか、それとも俺を騙すための作り笑顔かはわからない。
用心をドブに捨てる気は毛頭ない。
「うん、やっぱり違うな。ああ黙っていても大丈夫だよ。これは僕が勝手に推測して話しているだけだから」
そういうと彼女は口をさらに開く。
「僕は炎。君の名前はいずれ突き止めるから今は言わなくてもいいよ」
「……」
「君のその鋼鉄兵器、少なくともこの街にいる保持者の誰のものでもない。つまり国の管轄から完全に離れているイレギュラーな存在だ。一応僕のものを含めて鋼鉄兵器は国が支給している兵器なんだ。一般人においそれと渡るような代物ではないんだよ」
――さぁて、なんでだろうね?
ひどく蠱惑的な声音でそう呟く炎と名乗る忍者。
この瞬間、俺の背中には悪寒が走り、俺の足は本能的にその場から走り去った。
この女はなにかヤバイ、と俺の直感が告げていた。
振り返らず、しかし確実に振り切るように様々な道を経由して俺は家へと向かった。
※
「あらら。あんなに勢いよく逃げなくてもイイのに……」
しょぼんと炎は肩を落とし、龍臥の走り去った方向を見る。
とはいえ炎は確かに面白がっている。出自不明の鋼鉄兵器の装着者に、その実力が自分自身の目で見れただけでも十分な成果であり有益であったと自分で判断する程度には満足していた。
「まず間違いなく千代の件には関わってるだろうけど……少し泳がせた方がいい気がするな」
これは炎の核心に近い勘だった。
しばらくは妖魔退治を中心に活動しつつ龍臥を追う、と行動の方針を固める。
千代の件はあくまで炎たち忍者の間での問題であり、妖魔退治の方が重要なのだ。
そう、だから……
「なにも問題はなし、だね」