飛蝗
クレーマーを食べたのはこの妖魔です。
でも龍臥は知る由もない、ヒーローってこういうことありますよね。
千代さんを置いていき、昨日とは別のビル屋上へと足を伸ばす。
念のために屋上へ出る前に変身はすませておく。昨日は千代さんをはじめとする忍者たちがいることがわかったから準備を先にしておくに越したことはないだろう。
「さぁて今日は妖魔が俺のところに現れるか、な?」
ゴーグル越しに視界を広げ、全体的に見渡す。
今までこの日課をしていることでわかったのは妖魔が出現する際はその場所が暗くなることと、人気がないことの二つだ。
しかしこれは妖魔関連に限って起こるということでもない。悪い人間だって人気のない場所で悪事を好む。
なぜならその方が都合がいいから。
誘拐、窃盗、密売、売春、強盗……例をあげればキリがないだろう。
そんな事件は人の見えないところで増加していき、ニュースになるような事件はほんの一握り。
力ある者が弱者を虐げ、旨い汁をすする。
俺はそんなシーンをこの日課を続けている間に何度も見てきたし、何度も潰して交番の前に突き出したりもした。
それで何かが変わったわけではないし、この行動もきっと偽善であると知っている。
――仮面エージェント、ズバッと参上!
俺と母さんの好きな特撮ヒーローのセリフが頭に浮かぶ。
普段はドジでお人好しの鈍臭い彼はその実、常人離れした力で悪党の怪人を倒して弱き人を救い笑顔を取り戻す。
だけども彼の本心はいつも嘆きにくれていた。どんなに人を救っても、犠牲になった人がいるという事実を覆すことができないから。
昨日の俺だってそうだ。あの数組のサラリーマンたちを助けることはできなかった。
だから、俺と仮面エージェントは違う。
彼は嘆きこそすれ、誰かの笑顔を確実にもたらしていたのだから。
「と、考えてる間にさっそくか」
方角は今日俺が買い物をしたデパート、デルタライズの近くだ。既に獲物に狙いをつけているのか、あるいは先に出てきただけなのか。
「ま、どっちでもいいか」
どちらであっても俺のやることは変わらないのだから。
強化された脚力で俺は一直線に、真っ直ぐに最短で駆け抜ける。側から見れば人影すらも映さない速度で、走り抜けた。
現場へ着くのはほんの数分にも満たず、妖魔の上空をとった、ハズだった。
気が付けば目前に妖魔は現れていた。
「バッタか!」
脚と背中の羽がバッタそのものの妖魔。ギチギチと音を鳴らして俺に目標を定めたようで、声には無機質な顔とは裏腹に喜びを孕んでいるように聞こえる。
『ギギィ!』
空中で蹴りを放たれ、俺は咄嗟に防御をとるものの踏ん張りが効かずにそのまま吹っ飛ばされた。