戦い終わりて
「……ん、ぉ……」
微睡の中、龍臥は重い瞼を開ける。
最初に視界に映ったのは見たことがない天井だった。
痛む身体を起こして周りを見れば、障子や押し入れが見えた。床は畳が敷き詰められており、布団も自分が普段寝起きしているものよりも上質なものということがわかった。
服もよく見れば入院患者が着るような服になっており、身体には包帯が巻かれており、腕にもギプスがつけられているのも確認する。
「どこだここ」
間違いなく彼が住んでいる地域周辺ではなかった。
必死に最後の記憶を思い出す。
(千代さんと炎さんのおかげで仇は取れた。それで、最後にアイツの頭を踏み潰して……そこまでしかないな)
気絶してしまったことを悔やみつつ、龍臥は状況を整理しようともう一度頭を考えようとしたところだった。
『ああ、起きたようだね。傷は大丈夫かい?』
静かな男性の声。障子が開かれ、声の主が姿を見せた。
すらっとした身体に、長い髪を後ろにまとめた初老の男性。和装がよく似合っており、実家にいる祖父を思い出す。
ただ少し顔がやつれているようで、体調があまり思わしくないように見える。
思わず龍臥の口からは「大丈夫ですか?」と漏れていた。
それに呆気に取られたのか男性はキョトンとした顔をすると、すぐに笑って「君よりは大丈夫だよ。安心してくれ」と返した。
「いやはや、面白い子だね」
男性はそのまま近くにより、龍臥の横に座る。
近くで見ると、どこか千代と炎の面影を感じた。
「安心しなさい。とって食いやしないよ」
「あ、あの……ここは」
「炎と千代の実家だよ。君には娘や部下たちが世話になった」
「千代さんたちのお父さん!?」
そうとも、と男性はイタズラっぽく笑う。
「私は高垣綾人。最近炎に跡を継いでもらったが、元忍者の御頭さ。以後お見知り置きを」
「あ、はい。どうも……って、待って。千代さんは無事なんですか!?」
千代は抜忍という立場的に非常に危ういものだ。
ここが彼女の家ということは捕まってしまって厳しい罰でも受けてるんじゃないのか、と嫌な想像をしてしまう。
「あ、あの! 千代さんは悪くないんです! 俺が……」
「安心しなさい。監視はつけているが自室で待機させている。誓って一般人的感覚で言う拷問などはしてないから」
「よ、よかった……」
「普通は自分の心配をするだろうに、あの子に気をかけてくれてありがとう。だけどまずは君をここに連れてきた理由を話させてもらう」
空気が変わり、龍臥も真剣に綾人の目を見て話を聞く。
天叢雲を完全に撃退し、龍臥が意識を失ったあとに山田や山口が戦場に合流して応急処置をしてから先に起きた炎の判断で実家である高垣家に連れてきたらしい。
「別に普通の病院でもよかったんじゃ……」
「感覚が麻痺しているようだけど、君が戦っていたのは人外である妖魔だ。本来ならお抱えの機関での治療が望ましいんだよ。天叢雲という妖魔のせいで討伐が急務だったから山田達は一旦通常の病院で治療してもらっていたんだけどね」
「そ、そうなんですか」
「まぁそれに君、自分で思っているよりも重傷だよ。今までもそうとう無茶をしていたようだね。そのことがあったから千代も厳罰覚悟で戻ってきたんだろう。ここは静養にもいいから」
高垣家ではお抱えの名医もいるため、ケアもしっかりとできると綾人は説明する。
綾人は開いた障子の方へ指を差し、龍臥が視線を移すとその先には青々とした空にうっそうと茂っている木々が見えた。
鳥の鳴き声が聞こえ、部屋の中に少し冷えた風が入ってきて少し身を震わせたが自然の多い場所で確かに静養にはいい環境だと考えた。
と、気が緩んだのか大きい腹の虫がなった。
「……すみません」
「気にしないでくれ。そもそも君は一週間も目が覚めなかったんだからね」
「一週間!? え!? 俺そんなに寝てたんですか!?」
うっそだろおい、と目が飛び出さんばかりの勢いの声が部屋中に響いた。
「元気がいいね。それじゃあせっかくだし千代に持ってきてもらおうか」
「いいんですか!」
「もちろん。元より君が目を覚ましたら呼ぶつもりだったんだ」
綾人は懐からスマイルフォンを取り出し、電話をかける。
それからほどなくして、ドタドタと急ぐ足音が聞こえ千代が来た。
彼女も綾人と同じく和装で、忍び装束とカジュアルな服装しか見たことのない龍臥にとってはまたギャップを感じた。
「主人様……」
「千代さん、和服も似合ってるね」
「目が覚めて、本当に……よかった。よかったです」
「千代さんこそ、無事そうでよかったよ。俺は大丈夫だから泣かないで」
無理かもしれないけど、と内心で思いつつも無事な彼女を見て安堵する龍臥。
綾人は空気を読んだのか龍臥から少し距離を取り、千代はそれを見て食事の乗ったお盆を綾人に預け、龍臥の元へ行き身体に衝撃を与えないよう抱きしめる。
このように抱きしめられるのは二回目だな、と思いつつ動かせる左手で彼女の頭を撫でた。
胸元で震えており、嗚咽も混じっている声が聞こえたのでやはり泣いているな、と苦笑を浮かべる。
彼女を見て、本当に仇討ちが終わったのだなとようやく実感する。
「ありがとね、千代さん」
龍臥は目を瞑り、彼女に労いの言葉をかけた。




