幕間=過去4=
零式の鎧を貫かれて腹部を貫通している。
これはどうしようもないほどに、致命傷だった。不幸中の幸いだったのは龍臥には傷ひとつないこと。
血を失い、身体から生命が自分から着実に消えていく。
「か、母さん……?」
震える声。かわいそうに、怯えているのだろうと考えて彼の頭に手を乗せる。
「すぐ終わらせるから、待ってな」
突き刺した速度の影響か、まだ妖魔は動かない。それとも空気を読んでいるのだろうか? あるいは勝ちを確信して別れの時間でもよこしているつもりか。
だとすればこの妖魔も甘いな、と不敵に笑う。
致命傷ではあるが、怜奈はまだ膝をついていない。倒れていない。
どんな理由であれ、ここまで長引いてしまったのは自身の責任だと思っている。
もっと早く妖魔を倒していれば、龍臥はここにくることはなかった。
もっと自分が強ければ時間などかけずに龍臥の元へ帰れた。
自分が龍臥を見て動揺しなければ、龍臥を怖がらせてしまうこともなかった。
――全ては自身の過失が招いたこと。
怜奈は他人に責任をなすりつけることはなかった。
そんなことができるほど、怜奈は自分に自信はない。
鎧を貫いたハサミを掴む。
残った力全てを使いきる、どうあがいても残された時間は少ない。
「シャッ!」
「!?」
最速で角度をつけての一撃でハサミを砕いた。
間髪入れずに回転。遠心力で妖魔を引き剥がし、妖魔はそのまま遊具に直撃する。
息すらいれず、全力で怜奈は妖魔に追い打ちをかける。これが最後のチャンスであることを理解していた。
「お、らぁああああああああああ!!!!!!!」
『ぎ、ィイイイイ!?』
鉄の拳の乱打。
長引いていたということは激戦であったという証左。つまり、それは互いの体力の限界が近いということでもある。
残ったハサミを砕き、足を奪い、トドメの一撃で拳が妖魔の胴体を貫通した。
『い、痛イ……! これ、ハ嫌だ……』
「ま、だ喋れんのか……! 糞虫が……!」
怜奈は驚愕する。
自分も致命傷だが、妖魔のこれも致命傷である。怜奈もこれ以上、追撃できるほどの体力は残っていない。
『グギィイイイ!』
そんな中での、今までの暴れっぷりが嘘のような、勢いがないじたばた。
それに抵抗するほどの体力もない怜奈は後方へ飛ばされ、妖魔は逃げ出す。だが、それでももう消滅するであると断言できるほどに傷は与えた。
だから、最低限のやることはできた。
「――ぁ、やば」
身体中から血の気が引いている。
(当たり前、か。止血もなんもしてないのに最後にあんだけラッシュしたんだ。むしろよく今でも意識があるなぁ、オレ……)
「か、母さん!」
涙をこぼしながら龍臥は駆け寄ってくる。
「龍くん、よかった……怪我はないか?」
「俺に怪我はないよ! だけど、母さんが!」
錯乱している。幼い息子には刺激が強い場面が多々ありすぎたのは後悔してもしきれない。けれど、怪我もなく生きている。
それは、それこそが一番の戦果だったのは間違いない。
だから怜奈は彼に伝えなくてはならないことは、全て伝える。もしかしたら最後まで伝え切れないかもしれないが。やるべきことをやるだけだ。
「龍くん、お家に帰ったら……さ……食器棚のとこに」
「喋らないで! スマフォ勝手にとるよ、早く救急車……」
「聞きなさい。もう、時間はないから……」
「嫌だ! 時間がないとか、そういうのいいから病院」
「――聞け!」
ビクゥ、と龍臥の体が強張る。
怖がらせるつもりは彼女にはなかったが、これも必要なことだった。
「ごめんね……でも、母さんはもう無理なんだ」
零式の装甲が解除され、元のネックレスに戻る。残る力を振り絞り、零式をつけていた紐を引きちぎり彼に渡す。
「これ、あげる。何かあったら、万が一今回みたいなことがあったら変身って言えば龍くんにあったサイズにフィットする鎧になるはずだから。でも、悪いことにはつかっちゃダメだぞ?」
「……うん」
悲しそうな表情をする龍臥に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「イイ子だ。それと、母さんの実家の情報は、食器棚のとこにいれてるから……」
もっと早く頼ればよかったのかもしれない、と考えるも過ぎたことだ。
けれど準備していたことだけは自分を褒めてあげたい。喧嘩こそしたが、根がお人よしの両親だ。少なくとも、理不尽に龍臥を虐待をすることなどないだろう。
「ごめんな……本当は、もっと一緒に……いて、あげたいんだけど」
呼吸もどんどんと荒くなり、喋ることも辛くなってきた。
――もうすぐ、死ぬ。
最後に、と小さくつぶやいて龍臥を抱きしめる。
「……!」
「龍くん、オレの子どもに生まれてきてくれて……ありが、とう……本当に、愛してるよ」
「がぁ、ざん……! おれも、大好きだよ……!」
力強く、抱き返す龍臥。
「あぁ……よかった」
言葉では表せないほどの多幸感に怜奈は満たされる。
決して楽な人生ではなかったが、それでも報われた。
「ばい、ばい……龍くん」
その言葉を最後に、怜奈の意識はプッツリと途絶え二度と目覚めることはなかった。
「う、うぁ……」
残された龍臥は、もう二度と動かない母親を力の限り抱きしめる。
「ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
そして悲しみの嗚咽が、咆哮があたり一帯に響き渡った。
子を守る母親は強いと言います。
これで怜奈の物語は終了しましたが、現代に生きる龍臥がまだこれを引きずっているのは人間性もあります。