幕間=過去2=
深夜二時半頃、不吉な気配を感じた。
怜奈はこの時妖魔を倒して帰宅する途中であった。もう少しで家に着くところであったが、気配の場所はおおよそ近い。
気がついた以上、放置はできない。
「……はぁ、全くやなもんだねぇ」
人気のない路地裏。気配の元はここからだった。
「変身」
冷静に零式を身にまとう。いつ襲われるかわからない以上、先にできることはしておく。
そして歩みを進めていくと……気配はいきなり上に移動した。
咄嗟に右腕を上げる。それと同時に体に響くような奇襲の一撃が彼女を襲った。
(おっも……! それに感覚的にこの一撃は刃物系統か!?)
この間はわずかに数瞬の出来事。
今の一撃を防げたのは戦い続けてきたが故に得た直感。右腕を上げていなかったら確実に致命傷を負わされていただろう。
『ぎ……ギギィ……』
「……よぉく聞いたら羽音が聞こえるな。飛ぶってことはカマキリかぁ?」
挑発するように嘯く。妖魔が人間の言葉をわかるわけないと知りつつも、ついつい口に出てしまう。
だからこれはただの癖、意味のない行為だった。
ただ違ったのは、
『カマキリ……でハ、ない……』
返事があったことだ。
「……はぁ?」
今までになかったことに動揺する。怜奈は今まで何度も妖魔と戦っている。
そんな彼女をして初めてのレアケースに動揺を隠せない。そんなことを知ってか知らずか目の前にいる妖魔は言葉をさらに紡いだ。
羽を羽ばたかせ、彼女の前に姿を表す。確かにその見た目はカマキリではない。
二つのハサミ、黒い甲殻に六本足。クワガタのような外観をしていた。喋るだけでも驚きものだが、怜奈が注目したのは成人男性二人分の大きさをしているにも関わらず『羽の音』がほとんどしていないということだ。
零式の恩恵により聴覚が強化されているからこそ怜奈には聞こえるが、常人では聞こえることはまずないだろう。
「口が聞けるなんてどうやって育ったんだか」
『知らナい……気がつケバ、こう、だった』
(こっちのいうことがわかってる。知能は高めだな……ある意味、今気がつけたのは幸運だったな。今よりも成長する前に処理だ)
これ以上の知能がつけば、間違いなくこの街は阿鼻叫喚に包まれる。そんなことを彼女は許さない。
「ところでお前、オレを誘ったな?」
『……強イ人間、食べたラ強くなレる』
読みは的中。
この路地裏に来ることもこの妖魔が仕込んだことだ。嫌な気配を匂わせたらこちらに来ると考えた。
妖魔の考えは事実、正しかった。強いてミスがあったとしたら露骨過ぎて怜奈の警戒心を上げてしまったことだ。
「おいおい、最初の一撃でオレを殺せなかった時点で食えるとか思うなよ」
余裕を見せつつ、しかし油断をしてはいない。正直にいえば怜奈は万全のコンディションではない。
今日はすでに二体倒している。格で考えれば目の前にいる妖魔に比べれば随分と落ちるが、人の身である彼女にとっては決して軽くはない負担だった。
(とはいえ、それが言いわけにはならないな。元々常に万全の調子で戦えるとは思ってないし)
ほんの少しだけ息を吸い込み、そのまま怜奈は妖魔に殴り込んだ。
零式に包まれた拳は妖魔をかすり、妖魔は後退する。
『ギ、ギィ!』
一瞬で加速、クワガタの象徴たるハサミで怜奈の首をかっきらんと距離を詰めてくる。
怜奈もそれに合わせてとカウンターに拳を合わせる。しかし妖魔も攻撃のリズムを変えてタイミングをずらし怜奈にペースを譲らない。
(一撃一撃で殺そうとしてくるのがはっきりわかるし、耐久力も桁違いだ! オレの一撃だって並じゃないはずだぞ!?)
自身の疲労を踏まえても文字通りの化け物だな、と改めて考える。
怜奈の人生で戦ってきた妖魔で間違いなく最強の存在。
一進一退の攻防は、早く決着をつけたい怜奈の想いとは裏腹に長引くことになった。