観念する
ご近所に怒られることなく一つ安心したところで、机の周りに三人で座りお茶を配る。
「粗茶ですが」
「少しは気が利くようだね、『鳳くん』」
どうやらもう俺の名前も完全に把握されているようだ。まぁ俺は炎さんの名前を教えてもらっていたわけだし、礼儀的に言えば名前を言っていなかった俺が悪いし別にいいんだけど。
問題は千代さんの件だ。
泣き止んでいるが、またいつ泣き出してもおかしくはなさそうだし。
そんな彼女の頭を優しく撫でる炎さんは、確かに姉の顔をしている。いつの間にかお茶は飲み干してるし。
「大丈夫かい千代? 彼を処そうかい?」
言ってることが物騒である。
しかも目がマジだ。あれは千代さんが許可したら俺を一瞬で殺しにくる目だ。
「そんなことしたら姉様を一生嫌いになります」
「冗談さ。だからそんなことを言わないでほしい」
だが千代さんの一言で簡単に冗談にした。マジで泣きそうになってる。
この姉妹の上下関係は一体どうなっているんだろうか。仲がいいのに越したことはないからある種理想なんだろうけど。
と、ぐだぐだしつつも「ごほん」と炎さんが咳払いして「本題に入ろうかな」と紡いだ。
「まずはあらためて。以前、小山から助けてもらったことにお礼を言わせてもらうよ」
「そのことは互いにあの場を引くってことで手打ちにしたじゃないですか」
「それでも、だよ。まぁ妹を泣かしてくれたのはあとでまたお話しだが」
最後の言葉の圧がめちゃくちゃ強い。やっぱり怖いなこの人。
伊達に現代で生きている忍者ってわけじゃないか。いやこれはシスコン拗らせた姉としての言葉か。どちらにせよ怖いって言う事実は変わらないんだけど。
「……炎姉様、なぜここがおわかりに」
「ああ、なに。ローラー作戦ってやつさ。今回の妖魔退治のために人員を警察に割いてもらったのさ。もちろん、こちらの千代の不祥事は黙った上でね」
「警察、なにやってんだ……」
「実力を示しているからね。ある程度のことは聞いてもらえるのさ。理由もこの街には私たち以外にも妖魔に対抗できる人間がいる、って伝えてね」
「それでわかるものなのぉ?」
ちょっと信じられない。いくらなんでも情報がアバウトすぎて納得できない。
俺の意見には千代さんも同意らしく怪訝な視線を見せている。
それに炎さんは「ほぼゼロの情報からじゃないからねぇ」と笑いながら返した。
「まず、当然ながら僕は千代のことを知っている。そして鳳くん、君とは二回だけだが直接にあっているからね。だから容姿や身長、声は把握している」
容姿は本当にわかっていたのだろうか。顔つきとか頭にヘルメットとゴーグルつけてるだけのもんだぞ。
「勘違いしているようだが、容姿というのはなにも顔つきのことだけをさすわけじゃないよ。体つきだって立派な容姿の特徴さ。そういう点では君は比較的探しやすい部類だったよ」
「……あ。主人様は確かに一般的な男性群から見てもかなり鍛えられていますもんね。言われてみれば納得です」
千代さんもなんだか合点がいっているようだが、俺からすれば疑問しかない。
「そんな鍛えられてるのか俺。全然わかんないんだけど」
「自覚がないというのは損だねぇ。そうさせるのは自信のなさからくるものかい?」
痛いところをついてくるな、この人。
俺にとっては自信というものはなくても困るものではない。自信は慢心に繋がり、隙を見せてしまうことにつながる。
いや、そもそも助けられなかった人がいる時点で自信なんて持てるわけがない。
葉山にしろ、犠牲者の人々にしろ、母さんのことにしても。
俺がもっと早く気がつけば、母さんに関しては俺さえいなければ天叢雲に殺されることなんてなかったかもしれない。
「うーん、千代。君のお気に入りはどうやら過剰なまでに自信がないようだよ」
「……主人様。あなたは否定するかもしれませんが、主人様はとてもすごいお人です」
寂しそうな目で、俺の手を千代さんは握る。
俺よりも小さくて、あったかい手だ。
「この街は、少なくとも私がいた忍者たちもいない場所。ですが、主人様がいたことで被害はずっと抑えられているでしょう。それも事実です」
真っ直ぐに、俺を見つめる。その瞳は力強く、視線を外すことを許してくれない。
「葉山さんの件、主人様に罪があるというのなら私も同罪です。いくらでも罰してください」
「いや、それは千代さんは関係ない……」
「あります。私は主人様に隠れていたとはいえ、彼を救っていたことを見ておりました。ですから、関係があります。主人様が御友人を護れなかったというのならば、それは私にとっても罪なのです」
千代さんは俺の想像する以上に責任を感じている。どうしてなのか、本当にわからない。
わからないから、心臓の鼓動が早くなっているのか。動悸で呼吸の感覚が短く、浅くなっていくのがわかる。
「主人様」
優しい声音で、千代さんは俺を呼ぶ。
「どうかお願いです。なぜあなたがそこまで自分を過小評価なさるのか、天叢雲というあの妖魔とはどういう関係があるのか教えてください。それをお聞きしましたら、私をいくら罰しても構いません」
だからどうかお願いします、と千代さんは泣きそうな声で俯いた。
少しの間だけ時間が止まったような静寂の時間が流れる。
どう答えたらいいものか、どう言えばいいのか、頭の中をフル回転させて考える。
「……わかった」
考えた結果、俺はため息を吐きながらそう絞り出した。
どちらにせよ、もうこれ以上は千代さんに話さないというのは無理だろう。炎さんもあのクワガタ女と因縁ができたようだし、一人で挑んで負けてしまった以上アイツを殺すためには手段なんか選んでいる場合でもない。
「俺は説明するのが下手だからさ、わかりにくいところがあったら申し訳ないけど、それでよければ話すよ」
「主人様……! ありがとうございます」
そうやって微笑む彼女は、綺麗だった。
それから千代さんは飲み物を全員分入れて、机の周りに座ったのを確認してから俺は数年前のことを話した。