涙と乾いた笑い
「……っう」
「主人様!」
「ゴッフ!?」
目が覚めて上体を起こした瞬間、聞き慣れた声とともに思い切り抱きつかれ痛みと柔らかい感覚に襲われた。
「よかった、目を覚まされましたか!」
「ち、千代さん。痛いよ……」
苦笑しつつ彼女の頭を撫でつつ周囲を見渡せば、俺の部屋だった。
「す、すみません。目を覚ましていただいたのが嬉しくて……怪我の具合はいかがでしょう」
「痛みはあるけど、大丈夫……助けてくれたの?」
「……はい。主人様のご意志に反する行い、申し訳ありません。いかような処罰もお受けいたします」
さっと俺から離れ、両手を地面につけて深々と頭を下げて謝罪する。
「処罰なんてしないよ。命助けてもらった上に看病もしてもらったのに」
肩を軽く回し、調子が良いというアピールをする。多少の痛みはあるが動くのに支障はないくらいに回復しているようだ。
それに、謝るのならそれは俺の方だ。
「ごめん、千代さん。俺を助けてくれたってことは天叢雲の前に出たんだろ。そんな危険な場所に出させてしまって……」
彼女の話を聞いている以上、俺はどういう理由であっても千代さんを危険に晒すようなことをしてしまったことに罪悪感を感じざるを得ない。
そんな俺の言葉を聞いて千代さんは顔を上げると……怒ったような表情を見せていた。
「主人様」
パァン、と乾いた音が響き、それから遅れて俺の頬に痛みが走る。あまりにも唐突なことでポカンとなってしまった。
千代さんが俺にビンタで引っ叩いたという事実に気がついたのは、数秒ほど呆けてしまってからのことだった。
正直意外だった。なんというか、千代さんはこういうことをするようなタイプの人間ではないと思っていたから。
「ち、千代さん……?」
おそるおそる彼女の表情を見てみると、その目には涙が溜まっていた。
「……主人様、私は私の意思であなたを助けに参りました。貴方が、貴方の都合で私を助けたようにです。だというのに……なぜ貴方は謝るのですか!?」
「え、えっと……!?」
どうしよう! 千代さんの目に溜まっていた涙がボロボロと溢れ始めている!
今までの人生でこんな場面に遭遇したことがないから対処の仕方がわからない。いや、対処っていうのは失礼か!?
「私が主人様を助けたくて助けるのは迷惑ですか!?」
「いやそんなことは!? でもアイツは俺の問題で……」
「主人様のすっとこどっこいぃ!」
「ヘブァッ!?」
今度はより強いビンタをくらい、千代さんはさらに大泣きする。
わ、わからん……こういう時はどうしたらいいんだ!?
……ん? なんか背筋に悪寒が。
そう考えた時、窓ガラスがぶち破られた音がした。
「今度はなんだぁ!?」
「はぁあああああああああ!? なんだはこっちのセリフなんだがぁあああああああ!? 私の妹を何泣かしてくれてんだいぃいいいいいいい!?」
「炎さんん!?」
窓を割ってきた犯人は般若じゃないかと言うくらいにキレている炎さんだった。
もうなにがなにやら、という気持ちを抱き時計を見る。
外を見れば暗く、時計は十二時を回っている。この音は近所迷惑になるなぁ……
「は、はは」
乾いた笑いがこぼれてしまった。