格の違い
最速最短での全力での踏み込みからの一撃、天叢雲はこの一撃を片腕だけで止めた。
まだ妖魔としての姿を表していないにも関わらず、その腕力たるや今までの妖魔の比ではないことがわかる。
「いい踏み込みと一撃、しかしやはり若い……彼女に比べたらやや劣ります」
「軽口を……!」
「私はいつだって真面目ですよ。自身の追求すべきもののためには、ね」
ブン、と雑に腕の力だけで俺の身体を投げとばし、天叢雲は指を慣らした。
同時にその両腕はクワガタのハサミかのような鋭利な刃物へと姿を変え、その場で数度肩慣らしのように腕を振るい、俺が地面に落ちてから再び俺に視線を向けた。
この間はほんの数秒にも満たないほどの時間であったが、アイツが俺を殺そうと思えば簡単に殺せたはずの時間だ。なぜそれをしないのか、俺を舐めているのか。
そんな俺の思考を見抜いたのか、天叢雲は至極真剣な表情であった。
「勘違いしないようにしていただきたいのですが、宙に浮いていた貴方を殺さなかったのはその装甲兵器には私の刃でも咄嗟では深く抉れないような代物であるからです。加えて、貴方はあの好敵手、そして私とは浅くはない因縁で結ばれている様子……であれば」
さらに、天叢雲の姿が変わる。
その背中にはクワガタムシの羽根が煌びやかに、水滴を弾いていた。
「殺すのにも可能な限り丁寧にしたいと思いますので」
「は、そりゃどうもご丁寧に。いらねぇ世話だけど」
「それに貴方の私に対する負の感情は、私にとてつもなき甘美を与えてくれるでしょう」
「とらぬ狸の皮算用だな!」
先ほどよりも速く、そして鋭利な殺意を持って殺しに行く。
俺の特攻を見切るのは奴には造作もないだろうが、ここでやらなければどちらにせよ母さんの仇など討てるはずもない。
天叢雲はその鋭利な刃で俺の右拳を流し、その勢いを流して回転する天叢雲。今度はもう一つの刃で俺の首を狙ってくる。
バランスを崩しているが、こちらも勢いを利用して前転してすぐに向き直る。
それからほんの一呼吸を入れてサソリ女に向けた拳よりも、先ほどよりもさらに速く、今までの中での最速を連続で拳を向けた。
だが天叢雲はその拳をもいとも容易く捌いていった。
母さんがコイツと戦った時、もっと天叢雲は苦戦していたはずだ。だからこそ俺は今生きてここでこうやってこいつと戦っている。
しかし、どれほど速く、どれだけ力強く打ち込んでもかする気配すらない。
「……ああ、思い出しました」
それは過去を懐かしむような声を出した。
「彼女が私に刹那ですが隙を見せたのは……人の子供があの場にいたからでしたね」
「!」
「そしてその子供が……なるほど貴方ですか。いやはや。察するに彼女のご子息ですか!」
「そうだよ、クソッタレが!!!!!!!!!!」
怒りのボルテージが一気に噴き上がり、視界が真っ赤にそまる。
血液が全て沸騰するかのように熱く駆け巡る。
「ああ……素晴らしい。この憎悪、まさに極上の素材。それほどまでに私を恨んでくれているなど、光栄の極みです!」
「クタバレ!」
「ですが、私も過去の私ではありませんので悪しからず」
直後、俺の身体は後方に飛ばされて滑り台に叩きつけられた。
肺から一気に酸素が持っていかれて呼吸が途切れ、身体の内部にダメージがくる。
「では、次は私の手番です」
天叢雲の一言と共に連続して衝撃が襲い、途切れることなく俺が倒れるまで続いていった。