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イレギュラー

 一方、葉山は今までになく清々しい気持ちで自宅に足を向けていた。

 今までの人生の中で一番と言えるほどの感情の昂り。


(鳳くんって学校ではあんまり話さないってイメージだったけど、ヒーローみたいだったな)


 あっという間に佐竹らを倒し、救ってくれた。

 お礼などいい、と言っていたがあらためてしっかりとお礼をしなければ、と胸を踊らせながら考える。

 少なくともご飯くらいはご馳走したい。


「……友達になってくれるかな」


 うじうじとした弱虫である自分と友達に、と弱気に呟く。


「いや、でも話さなきゃ始まらないもんね!」


 前向きに進もう、気持ちをしっかりと切り替えることができる。少なくともこれができるようになったきっかけは龍臥にあるのだ。

 と、考えているうちに家に着いた。玄関を開ければ両親の靴があった。

 普段はもっと遅くに帰るのに珍しい、と思いつつ葉山も靴を脱いで家に上がる。


「ただいまー。いい匂いするけど今日の晩ご飯は何?」


 シーン、と返ってくるのは静寂だった。

 そこそこ大きな声をだしたつもりなのに聞こえなかったのだろうか、と思いつつリビングへと足を運ぶ。

 リビングでは両親が互いに肩を支えながらソファに座っている後ろ姿が目に映った。

 ただいま、ともう一度言うもまた反応はない。しかし奇妙な違和感を感じた。

 その違和感の正体は、ソファに座っている両親を真正面から見たらはっきりとわかった。


「と、父さん……母さん……!」


 葉山の目には胸に風穴が空き、血を流し事切れている両親の姿が映った。

 腰を抜かし、尻餅をつく。


「な、なん……いや、け、警察……」


 パニックになりつつもポケットからスマフォを取り出し、通報しようとする。

 その瞬間、トスッと身体に軽い衝撃が走った。

 それから指が動かず、それどころか持ち手からこぼれ落ちる。

 おかしい、と思い顔を下に向けると……胸から針が突き出していた。


「え……?」


 なにが起こったのかもわからず、そのまま葉山の意識はプッツリと途絶えた。



「……嘘だろ、オイ」


 翌日の朝、龍臥はテレビのニュースを見て絶句し、千代も驚きを隠せずにいた。


『――被害者は葉山陽二さん四十七歳、葉山稲さん四十五歳、葉山浩二さん十七歳。いずれも死体の胸に刃物を突き刺された跡があり……』


 あまりにも呆気なく、そして前触れもない同級生の死は龍臥に衝撃を与えるのには十分だった。



 同時刻、スマフォを片手に炎はファミレスの隅の席で訝しげな表情を浮かべていた。


「……おかしいな」


 炎の言葉は救えなかったことにではなく、大々的にニュースになっていることにであった。

 彼女はニュースの画面越しでもこの事件は妖魔の仕業だと確信しており、食い止められなかったことに関しては多少の責任を感じていないわけではなかった。

 いくら忍者といえ、妖魔の行動が全て把握できるわけはなく、どうやっても溢れる犠牲者は出る。しかし、このように大々的なニュースになる前に連携している警察と共に極力表沙汰にはならないよう全力を尽くしている。

 ゆえにこのようなことは非常に珍しいことと言える。

 そもそもこのニュースになるまで炎は妖魔の事件がおきていたことに気がつかなかった。

 気が緩んでいるんじゃないのか、などと父親に言われそうなのは覚悟している葉山一家の住まいは小山ら三人も巡回しているポイントだった。


(この記事には普段の時間に出てこない家長が出てこないことから近隣住民が通報したとあるけど、このご時世にそんな人付き合いがあるのか? 犯行時間はまだわかっていないから三人が出なかった時間に襲われたといえばそれまでだけど……)


 裏をまだとっていない以上は断定できないが、詳しく調べる必要があるのは事実だろう。

 紅茶を一すすりし、サンドイッチを食べきる。まだ物足りなかったので追加注文を店員に頼み、思考をまとめていく。


(被害者の葉山一家の情報の裏どり、事情を知る警察と情報共有、このあたりか。やれやれ、千代とあの鋼鉄兵器使いの情報集が順調だったけど優先順位を間違えるわけにはいかない)


 それに、とふと炎は目を細める。


(理由は知らないけど彼も妖魔を退治するために現れるかもしれない。もし千代のことを知っているなら情報提供でも願おうかな)


 そもそもそんな都合よく行くかどうか、という問題はあるのだが。

 紅茶を飲み干し、うーんと唸る。

 万事に万全な解決策は存在しない、というのが炎の持論だ。起こってしまったことはどうしようもない。たらればの話は議論するだけ無駄であり、極論的にゆえば理想論なのだ。


(とりあえずは被害者宅に行くか。変装もしなきゃな……)


 それとも山下か山田を連れて行くか、思考をしつつ会計を済ませて店を出た。



「やっぱ入れないか」


 ニュースを見て葉山の家に来たが、既に警察の人間が立ち入っているから侵入はできない。野次馬もたくさん来ているが、案の定足止めされている。

 部屋の内部を確認してみたかったが、これじゃどうしようもないな。葉山には、申し訳ないという気持ちが溢れ出る。

 頭では全部を救えないということはわかっている。この手で守れるものなんてほんの一握りだ。どんどんと身体中から血の気が引いていくのがわかり、こころなしか体温も低くなった気がする。

 ……母さんが死んだ時はもっとひどかったが、顔を知っている同級生が死んだという事実はやはり重くのしかかる。

 起こってしまった現実は覆らない。そしてこれは腸が煮えくり返るほどの怒りも俺に与えた。

 この事件の犯人は一体どこのどいつだろうか。犯人がわかるのなら血祭りにでもあげてやりたいが……


「……ん?」


 と、ここで奇妙な光景を目にした。

 きつい目つきをしたスーツ姿の女性に、その連れ合いの男性二人。ざわめく野次馬どもをあまりにも『自然』に抜けて現場に入っていった。

 警察官も咎める様子はないし、関係者なのだろうけど……


「ただものじゃないのは確かかなー」


 足捌きが並じゃないし身体捌きもかなり脱力されてるのか、動きがなめらかすぎる。

 警察官はその職業の性質上、武道経験者がいないということはないけど、その辺の警官と比べると動きに雲泥の差がある。

 そして脳裏に直近で出会った只者じゃない人間がいた。


「まさか……忍者か?」


 千代さんは家にいてもらって正解だったな。この直感が外れているならそれに越したことはないが、警戒心は持っておくべきだ。

 そして仮に今の二人が忍者なら……


「この事件は妖魔がらみか」



「っていうことがあったんだけど、このスーツの三人は忍者の可能性ありえる?」

「伺う限りでは男性二人は炎姉様の部下ですね。山下さんと山田さん……女性の方は炎姉様か小山さんかはわかりかねますが」

「忍者は変装できるもんねぇ。俺自身が昨日それを知ったわけだし」

「はい」

「ちなみにその小山さんってどんな人?」

「小山さんは炎姉様に劣られるとはいえかなりの腕前の忍者であることには違いありません。男性のお二人も含めてベテランなので、仮に敵対してしまったら気を抜けない相手になります」

「千代さんを逃すときに俺が妖魔ぶんなげた時の忍者?」

「そうです。正直捕まる一歩、いえ半歩手前でした。主人様には誠に感謝です」

「あはは、そこはもういいってば」

「内心でずっと感謝は止めませぬ。ですが主人様は肌で感じられたと思いますが炎姉様は御三方よりも間違いなく強いです。私の属してた忍者の中でも間違いなくトップクラスで、既に父上よりも実力も上ですし、頭も切れる方かと」


 真面目な顔で言う彼女の反応を見つつ、ますます今回の件は妖魔がらみの可能性が濃厚になったことを把握する。


「今日きていたということは、おそらくは今回の事件を把握したのは今朝のニュースかと思います。主人様もお分かりだとは思うのですが、妖魔の出現を完全に察知することは不可能です。故にこういうことも稀に起こりえます」

「珍しい例に遭遇するとは俺も運がいいのか悪いのやら」


 自嘲気味に笑いつつ、少しでも前向きに捉えるなら葉山の仇を取れる可能性があることか。

 日が浅いから行動があるとしたら、また今日にでも起こり得ることだろう。葉山の家の近辺でまた出現する可能性が非常に高い。

 警察も現場周辺の封鎖、そして近隣住民に対しての措置はとられるだろう。

 その辺を考慮した上で俺が今日見張る場所は……



 夕暮れ時、徐々に太陽が沈み込んでいく中で葉山邸では二人の忍者、山下と山田が服装を忍者服に着替えていつでも戦えるように準備を整えていた。


「なぁ山田よ」

「なんだ? 下らん用なら殴るぞ」

「既に振りかぶりながら言うのやめてくれないかな? いや、千代ちゃんのことだよ。御頭様はどうしても引き戻したいみたいだけどさ」

「異母姉妹と言えどあそこまで溺愛するのも珍しいもんだが……正直に言えば、好きに生きればいいと思うさ。あの子だってこの生業に生まれたくて生まれたわけじゃない、できることなら自由を謳歌しても問題はあるまいよ」


 問題は組織に所属している以上、千代の肩入れをするわけにはいかないということだった。

 生まれが違ったのならば千代は少なくとも今よりもマシな状態だったかもしれない。それを聞いた山下は茶化すように笑う。


「博愛主義だねぇ」

「そういうお前はどうなんだ」

「とっとと戻ってきてことをなるべく穏やか、かつ速やかに心労を減らしてほしいかな」


 ハハハ、と乾いた笑いをこぼす山下。山田も気持ちはわからなくもないが、いくら仲が良くても他人である以上完全に同意見になることはないというのが山田の信条だった。


「小山のことが気になるのか」

「あ、ばれた?」


 だが千代の件で一番問題、というよりもストレスを抱えているのは彼らの同期である小山美希であった。

 長い付き合いになるとなにが言いたいかなんとなくわかるものもある。

 千代の話をしたのはこれが本題だったのだろう。


「あいつもクソほど真面目だろ? うまくガス抜きできてないから心配なんだよ」

「なるようにしかならん。余計なことも言わなければ御頭様もよっぽどのことにはならんしな、市井の人を守るのが俺たちの仕事なんだ。小山は俺たちより強いが、精神性が少しだけ子供じみてる」

「そこが可愛いんじゃねえか! まぁ癇癪は困るけど」

「御頭様も年相応に精神が未熟だとおもて立つのは千代嬢のことだけだ。それ以外の時はまさに次期頭首の器になる分には十分だ」

「褒めちぎるねぇ。何? 好きなの?」

「分別がある程度ついてると言いたいだけだ。彼女も世間で言えばまだ高校三年、そこらの大人よりよほど立派さ」


 メガネを上げて山田は言葉を止め、山下も腰に携えている刀に手を掛ける。

 気配が変わったのが容易にわかり、臨戦態勢を整えた。


「……おかしいな」

「……だな。これはちょいと『初めて』の事態だな」


 忍者になり十年以上のキャリアを持つ二人をして、初めての経験。

 気配の数は一つではない。二つ、三つ、四つ……五つ。


「妖魔が『固まって』でてくるとかそんな事例聞いたことないぞ……!」


 山下の言葉を皮切りに天井と床からサソリのような妖魔の姿が出現し、交戦が開始された。


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