28.みじんこ軍団
秋季東京大会1回戦
2010年10月3日(日) 八王子市民球場 第1試合
八玉学園高校―都立富士谷高校
スターティングメンバー
先攻 八玉学園
中 ⑧高橋(2年/左左/167/63/八王子)
捕 ②越谷(2年/右右/170/64/八王子)
二 ④久保(1年/右左/173/65/府中)
左 ⑦横溝(1年/左左/165/85/越生)
三 ⑤川田(2年/右右/164/67/八王子)
一 ⑬安岡(1年/右右/169/79/八王子)
右 ⑨山崎(2年/右右/168/65/日野)
投 ①古市(2年/右右/174/60/八王子)
中 ⑥竹村(2年/右右/163/60/八王子)
後攻 富士谷
中 ⑧野本(1年/右左/175/64/日野)
遊 ⑥渡辺(1年/右右/171/62/武蔵野)
一 ③鈴木(1年/右右/177/70/武蔵野)
投 ①柏原(1年/右右/177/72/府中)
右 ⑨堂上(1年/右右/178/75/新宿)
左 ⑩田村(2年/右左/175/70/新宿)
捕 ②近藤(1年/右右/170/70/府中)
二 ④阿藤(2年/右右/170/58/八王子)
三 ⑤京田(1年/右右/163/53/八王子)
雨天ノーゲームの翌日、八王子市民球場で再試合が行われる事になった。
今日の富士谷はベストオーダー。対して八玉学園は、思惑通り初戦と同じスタメンとなった。
昨日の試合では「古市さんは多彩な変化球を扱う」という建前で、一巡目は徹底的に球を見るよう伝えた。
その結果、打線は無得点に抑えられたものの、この試合でも先発する流れを作る事ができた。
「ふむ……貴重な卯月の貰い手が現れた訳だが、本当に倒してしまって良いのか?」
「頼むから倒してくれ……ほんと一生のお願いだから……」
「冗談に決まっているであろう。しかし、卯月が大人しいと調子が狂う。いい加減切り替えろ」
「……うっせーよ」
堂上と卯月はそんな会話をしていた。
あんな口約束を真に受ける必要はないけれど、負けられない事に変わりはない。
いつものアップや整列を終えると、俺はマウンドで投球練習を開始した。
ふと客席を見上げてみる。今日はお互いに地元なだけあって、吹奏楽部や一般生徒の姿も見受けられた。
あまり応援を動員しない秋季大会の序盤としては、非常に珍しい光景と言えるだろう。
『1回の表、八玉学園高校の攻撃は、1番 センター 高橋くん。背番号 8』
ブラスバンドが奏でるバケーションと共に、小柄な高橋さんが左打席に入った。
先ずは初球、フロントドアのスクリューから入ってみる。
「スットゥライィークゥ!!」
「(うわっ、今の打てたな)」
真ん中に入ったが、見逃されてストライク。
どうでもいいが、今日は審判の癖が強い。つい笑いそうになってしまう。
二球目、バックドアのスライダー。
空振りしてストライク。高橋さんは首を傾げて、再びバットを構えた。
「(このバッテリー、釣り球は少ないんだよな。次は外れるスプリットか、枠内のストレートで勝負してくるか?)」
三球目、外角低めに向かって腕を振り抜く。
白球は糸を引くような軌道を描いて、近藤のミットに吸い込まれていった。
「スットゥライィークゥ! バットゥアーアウットォー!!」
「(くっそ、ぜんぜん当たんねぇ)」
外角低めのストレートで空振り三振。
サークルチェンジを使っても良かったが、この選手に使うのはまだ早い。
八玉打線は一巡程度なら力でねじ伏せられる。
この高校は「みじんこ軍団」というスローガンを掲げていて、その名の通り守備に特化した超スモールベースボールに徹している。
選手は小柄な選手が多く、打線に関しては都立と遜色ないくらい非力だ。田村さんでも4回1失点で凌げたという事実が、その打力の低さを物語っている。
続く2番打者もセカンドフライに打ち取ると、二死無塁で元同期の久保を迎えた。
「(こうやって柏原と対戦する日が来るとはなぁ)」
久保は小技と巧打力に長けた打者である。
柵越えを放つ力は無いものの、外野の間やライン際を抜いた長打を打つのは上手い。
八玉学園で一番厄介なのはこの打者だ。
初球、出し惜しみせずに外のスプリットから入る。
「フォアァールゥ!」
久保はバットを出したが、三塁線に切れてファールになった。
府中本町シニアの面々には、練習でスプリットを投げた事ある。その中でも、久保は当てるのが上手かった。
相沢や木田とは違ったやり辛さがある。
「(次も外かな? 柏原は左打者の内角を怖がるし、ゴリは投手の言いなりだからなぁ)」
久保が軽快な動きでバットを構え直すと、近藤は内にミットを構えた。
正史ではあまり使わなかったが、今回はこの球も有効に使える。
「スットゥライィークゥ!!」
「(まじか……いい球使えるなぁ)」
内角高め、胸元に食い込む直球は、バットを止めたがストライク。
右サイドから放つ左打者へのインコースは、少しでも甘く入ると絶好球になりやすい。
一方で、内角ギリギリに決まれば、横の角度をフルに活かしたコースになる。
ヒントを得たのは未来の高校野球だった。
今から10年後、東京の高校野球界隈では、極端なインステップの左腕が多く見受けられた。その中で、彼らは角度を活かして、右打者の内角を果敢に攻めていた。
打者達も打ち辛そうにしていて、右打者を苦にしていなかったのを覚えている。
勿論、この時代にもサイドスローやインステップの投手は存在するし、彼らが内角を使わない訳ではない。
ただ客として、一歩引いた視点で高校野球を観た時、マウンドや打席では気付けなかった発想に至れた。
「(柏原の事だし遊び球は無いだろうな。変化球はカットして、ストレートに絞るかぁ)」
三球目、楽に構える久保に対して、俺は白球を握り締めた。
外いっぱい、ギリギリを目掛けて右腕を振り抜く。
「(ストレート――じゃない、チェンジアップだ)」
緩やかな球――サークルチェンジに対して、久保はバットを出してきた。
タイミングは外した筈だった。にも関わらず――久保は合わせたスイングで白球を捉えた。
「……アウトォ!」
センター真正面の当たりは、野本が捕らえてスリーアウト。
一瞬ヒヤリとしたが、初回を三者凡退に仕留める事が出来た。
やっぱり久保は厄介だな。
彼の前には走者を出したくないし、この次の横溝も油断できない。
この二人を分断し続ける事ができれば、対強豪初の9回完封も見えてくるだろう。
八玉学0=0
富士谷=0
(八)古市―越谷
(富)柏原―近藤
余談「極端なインステップの左腕について」
現代の東京だと、城東の林投手や東海大菅生の本田投手などが例として挙げられます。
本田投手は来年の選抜にも出ますので、もし機会があれは観てみてください。
本当にびっくりするくらい極端に踏み込みます。
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