27.ノーゲーム
秋季東京大会一回戦、八玉学園との試合は、両者の地元である八王子市民球場が舞台だった。
試合は第2試合、12時30分開始予定。現在、球場では一試合目が行われていたが、空は厚い雲に覆われている。
「これ試合できんの? めちゃ降りそうじゃん」
京田が天を仰ぎながらそう口にした。
彼の懸念通り、八王子市民球場の第2試合は、3回が終わった所で雨天ノーゲームとなる予定だ。
第1試合の名星―東山大高縄台は正史通りの為、この運命は避けられないだろう。
第2試合も八玉学園は正史通りの配置である。
ただし本来の相手は明神大仲野八玉だった。本日の2試合に関しては、この位置だけが入れ替わった事になる。
このカードはある意味印象的だった。
正史の第2試合、明神大仲野八玉が序盤から4点のリードを取るも、3回で雨天ノーゲームとなる。
そして迎えた翌日の再試合。明神大仲野八玉は同じ投手を先発させたが、八玉学園は右腕の古市さんから左腕の横溝に変更した。
この先発変更が試合の明暗を大きく分けた。
1年生左腕・横溝が9回2失点の好投すると、八玉学園は終盤の集中打で逆転勝ちを収めたのだ。
この試合の対策は分かりやすい。
中止になると分かっているなら、此方も捨て駒に投げさせれば良い。
もう一つ、今日先発の古市さんはあえて泳がせて、明日も先発して貰う。
投手二人を天秤にかけた時、どちらが打ちやすいかと言われたら、確実に古市さんだからだ。
という訳で、今日は田村さんに「1番ピッチャー」として先発して頂く事になった。
投手としては試用を兼ねた捨て駒だが、打者としては1打席でも多く回して、経験を積ませる算段である。
「流石に今回は狂わなそうだね〜」
「ああ。仮に転生者が潜んでいたとしても、天気までは操れないからな」
試合を観ながら恵と言葉を交わした。
天気は絶対に不変であり、それは相沢にも確認している。
思惑通り、再試合でも古市さんを先発させてくるとは限らないが、此方が墓穴を掘る事はないだろう。
「ところでさ〜、向こうに顔出さなくていいの?」
「なんでだよ、必要ねーだろ」
「府中本町シニアの同期いるんでしょ、声掛けてきなよ〜」
ふと、恵がそう問い掛けてきた。
八玉学園には、府中本町シニアの同期であり、東京屈指の二塁手である久保がいる。
「やだよ。あんま絡みたくねーし」
「えー、そんな変な人なの?」
正直、久保と関わりたくない。
だから絡みには行かないし、むしろ避けたいまである。
ただ俺は識者だから分かるけど、この後の展開としては確実に接触する事となる。
「お、柏原じゃん。久しぶり〜」
期待を裏切らず声を掛けてきたのは、ゴシック体で「八玉」と縦に書かれた灰色のユニフォームを着た選手――久保だった。
体格は渡辺と同じくらい。細めのタレ目は距離が離れていて、高校生にしては老けた人相をしている。
「……ああ、久しぶりだな」
「いや〜、まさか関越一高を避けた者同士で当たるとはなぁ」
「ほんとな。お前も富士谷に来てくりゃ良かったのに」
「それはこっちの台詞だろ〜。俺のほうが先なんだからさぁ」
そんな感じで、久保と言葉を交わしていった。
彼もまた、関越一高へ進学する予定だったが、土壇場で進路を変えた人間である。
当時、府中本町シニアのセンターラインは、揃って関越一高に進学する話が出ていた。
その中で、真っ先に梯子を外したのが久保である。
八玉学園の守備に全振りする方針が、守備に拘りを持つ彼の心に刺さったらしい。
結局、それで不貞腐れた遊撃手も進路を変えて、バッテリーとセンターの3人が梱包される形となった。
そして今回は俺も進路を変えたので、土村とセンターだけが関越一高に進学した。
「……別に普通じゃん」
久保と会話をしていると、後ろにいた恵が言葉を漏らした。
彼女の言う通り、久保は見た目が老けている以外は普通の高校生である。
別に俺も嫌いではないし、土村の5億倍くらいは好感度が高い。
それでも、俺は久保に絡みたくなかった。
もっと正確に言うなら、八玉学園の選手と無闇に接触したくなかったのだ。
何故なら――。
「ムムッ! これはこれは、もしや柏原氏ではないですか!?」
その声を聞いた瞬間、俺は心の底からため息を吐いた。
話しかけて来たのは、八玉学園の4番であり、正史では再試合で先発する男――横溝である。
丸い銀縁眼鏡と小肥りの体型が特徴的で、どう見ても野球が上手い人間には思えない。
「……どうも。今日はよろしく」
「う〜む、冷たいですなぁ。クーデレが許されるのは美少女だけですぞぉ?」
横溝は奇妙なテンションで言葉を続けた。
かつて、関越一高の仲間と「東京キチガイ四天王」というものを定めた事がある。
内訳は関越一高の土村、都大三高の木田、まだ接触のない奴が1人、そして八玉学園の横溝だった。
この会話を見てもお察しだろう。俺はコイツと絡みたくなかったのだ。
「ムムムムッ!」
俺が頭を抱えていると、横溝は唐突に声を上げて、舐めるような視線でマネージャー達を凝視した。
「これは絶景ですなぁ。小生、実は三次元も理解ってまして……でゅふっ、目の保養とはこの事ですな柏原氏!」
そして「ニチャア」と音を立てながら問い掛けてきた。
俺に同意を求めるんじゃねえ、と出かかった言葉は何とか飲み込んだ。
「やだ……怖い……」
「あれは無理だな……ありえねぇ……」
マネージャー達はというと、琴穂は勿論、卯月までもが怯えながら恵の後ろに隠れている。
恵だけはドヤ顔で仁王立ちしていた。彼女の頼もしさは尋常じゃない。
「しかし柏原氏。せっかく3人もいるのに、黒髪が居ないのは頂けませんなぁ。
それに3人とも紺ハイソ……ここはニーソや黒タイツも混ぜるのが王道ですぞ?」
「俺がプロデュースしてる訳じゃねえからな???」
思わず声が出てしまった。
紺ハイソは廃れるから今のうちに堪能しとけよ、とまでは言わなかったけど、失礼な上に分かってない。
女子高生は紺のハイソックスこそが完成された姿だというのに。
「決めましたぞ柏原氏。もし小生達が勝ったら、マネージャーを1人頂くと致しましょう」
「勝手に決めるなや」
「ただし――もし負けたら、小生が3人ともプロデュースして差し上げますぞ」
「それ俺達にメリット無いよな????」
横溝は全く話を聞かないまま、ドヤ顔で仁王立ちする恵に視線を向けた。
「ふふっ、仮に聞くけど、横溝くんは誰か欲しいのかな〜?」
「ムムッ、よくぞ聞いてくれましたぞ瀬川氏。ロリっ子ときょぬーも捨て難いですが、小生はツンデレに目が無くてですなぁ……でゅふっ」
「ひぃ……!」
そして卯月に視線を向けると、そう言葉を残して去っていった。
あの卯月が怯えながら声を漏らしたのだから、そうとう嫌だったに違いない。
「柏原、絶対勝てよ……」
「ニーソかぁ、かっしーどう思う?」
「かっしー……私ってそんなに小さい……?」
「おまえら真に受けるなよ……」
そんな会話をしている内に、一試合目が終了していた。
その後、第2試合は4回途中でノーゲームが成立。翌日、再試合が行われる事となった。
八玉学100 0=1
富士谷000=0
(八)古市―越谷
(富)田村―近藤
※雨天ノーゲーム
▼久保 健吾(八玉学園)
173cm65kg 右投左打 二塁手/内野全部 1年生
柏原と同じ府中本町シニア出身の二塁手。
非常に守備が上手く、小技と巧打力にも長けている。
性格は平凡。老け顔だが本人はそんなに気にしていない。
▼横溝 武雄(八玉学園)
165cm85kg 左投左打 投手/外野手 1年生
八玉学園の4番打者兼2番手投手。左腕ながら最速135キロを記録する。
絵に書いたようなアキバ系のオタクだが、コミュニケーションに一切の躊躇は無く、三次元にも理解を示している。
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