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26.新戦力と新企画

 本大会抽選の翌日、田村さんは約束通り富士谷グラウンドに現れた。


「ったく、仕方ねーから来てやったぞ」


 田村さんは面倒臭そうに振る舞っているが、誰よりも先に着替えていた。

 練習着も新品ではないし、前から未練があったのだろう。


「(くそ……俺またベンチかよ……)」

「(今更のこのこ戻って来られてもなぁ……レギュラーの枠も減るし……)」


 島井さんと阿藤さんは少し不満げだった。

 無理もない。田村さんは一度は逃げた人間だ。

 野球部に残って頑張ってきた二人としては、あまり歓迎できない存在なのだろう。


 ちなみに、指導者の二人は意外にも気にしていなかった。

 瀬川監督は来るも拒まず去るもの追わず、畦上先生は良くも悪くも実力主義らしい。


 適当に入部挨拶を済ませると、選手達はマシンを使った打撃練習に移った。

 順番を待つ間、田村さんにはブルペンで投げてもらい、ピッチングの程度を観察する。


「……速いな」

「うむ。中学の時は俺より速かったからな。尤も、ただ速いだけなんだが」

「聞こえてんぞ堂上ゴルァ!!」


 堂上の言うとおり、ストレートは速いがそれだけだ。

 制球は並以下、変化球はスライダーのみ。この分だと堂上よりも優先度は低い。


 続いて打撃を見てみる。

 田村さんはマシン相手に、強い当たりを次々と飛ばしていった。

 これは確実に使える。1年間のブランクを感じさせないあたり、素振りくらいはしていたのだろう。


 ただ、孝太さんの穴が埋まったかと言われたら、それは大袈裟な表現になってしまう。

 孝太さんはプロ注目クラスの選手。田村さんも悪くはないが、流石にこの穴は埋まらない。


 最後に外野守備だが、今日は打撃の日なので今回は見送り。

 平日は打撃か守備走塁かの片方しかできない。夜間練習の必要性を痛感する。


「うっし、じゃあブルペンで順番待つわー」


 打撃練習を終えた田村さんは、グラブを持ってブルペンに駆けていく。

 しかし、その道を畦上先生が塞いだ。


「田村、後は走ってろ」

「え?」

「いいから走ってろ」


 そしてグラブを没収されると、田村さんは渋々と走り去っていった。


「やっぱ根に持ってるんですか?」

「俺は気にしてねーけど、阿藤や島井の士気に関わるだろ。それに体力も付けなきゃいけないしな!」


 本大会初戦まで後4日。

 走り込みは勿論、攻守で実践に近い練習も必要となる。

 この補強が吉と出るか凶とでるか。最悪、初戦は島井さんで様子を見ても良いだろう。





 最近の出来事の裏側では、マネージャー達が不穏な動きを見せていた。

 お互いに写真を撮り合っては、頻りに携帯を弄っている。


「なにやってんの?」

「ブログとトゥイッター始めたの。私達の日常を発信したら人気でるかなーって」


 SNSでマネージャーの日常を公開しているのか。

 どれどれ。先ず共通アカウントの名前は、女神と天使と夏蜜柑――。


「卯月だけ適当すぎんだろ……」


 思わず声に出してしまった。

 なんだよ夏蜜柑って。一人だけ果物じゃないか。


「なっちゃんがそれでいいって言うんだもん」

「よくないな。俺は識者だから分かるけど、ここは統一感を出したほうがいい」

「例えば?」

「聖女とか」


 その瞬間、通りすがりの堂上が盛大に咳込んだ。


「お前、いま笑ったよな……?」

「断じて笑ってなどいない。ただ今の冗談は秀逸だった、それは認めよう」


 まるで何事も無かったかのように、堂上は無表情で言い放った。

 誰も顔を見ていなかったのが悔やまれる。堂上が取り乱す貴重なシーンだったのに。


「堂上も何かいい案ないか?」

「ふむ……では、戦乙女はどうだろうか?」

「おまえは卯月を何だと思ってるんだよ……」


 こいつに聞いた俺が間違いだった。

 あまりにもセンスが無さすぎる。


「タイトルもだけどさ、内容もちょっと悩んでるんだよね〜。なんかインパクトに欠けるというか……いい感じに富士谷を宣伝できないかなぁーって」


 恵がそう言うものだから、俺達はアイフォンを覗いてみた。



・9月22日(水)

恵で〜す!

ボールを縫うなっちゃんを撮りました!

ちょっと照れてます!かわいい!



 文章と共に、ボールを縫う卯月の写真が添付されている。

 うーん、悪くはないけど普通だな。もう一声欲しいところだ。



・9月23日(木)

今日の担当は夏美です。

ブロック大会決勝まで後2日となり、選手達は調整に精を出しています。

(中略)

最後に今日の1枚は琴穂。小さいけど頑張ってます。



 写真は何か焦っている琴穂の後姿だった。

 これはダメだな。文章が堅すぎるし、天使の顔が写っていない。

 そして俺は知っているけど、この頑張っている風の琴穂も、実はトイレに行こうとしている場面である。

 ある意味、本人は頑張っているのかもしれないけど、練習とは1ミリも関係ない。



・9月24日(金)

琴穂だよっ!

明日は決勝戦なんだって!甲子園いけるかな〜?

今日は特別にめぐみんのサービスショットを大公開!見た人は応援しなきゃだめだよっ!



 写真は校舎の柱に抱き付く恵。かなりブレている。

 これは高度な投稿だ。あえて「まだブロック予選だよ」とコメントする隙を残しつつ、写真にはボカしを入れて読者の好奇心を煽っている。

 結局コメントは0だけど、まあそういう事にしておこう。


「柏原、無理はするな。どう見ても恵が一番無難であろう」

「……」


 まるで俺の心中を察したかのように、堂上の指摘が突き刺さった。

 琴穂も投稿センスは皆無である。トゥイッターは勿論、ミクスィや中略プロフィールもやっていないので、これは仕方がない事だ。


「どうやったら人気でるかな〜?」

「ふむ……では、恵が脱いでみたらどうだろうか?」

「アカウント凍結されちゃうでしょ!!」


 脱ぐこと自体には抵抗ないのかよ、とは言わなかった。

 堂上の言う通り、脱げば手っ取り早くエロ親父からの支持は得られるが、それは色々と大変よろしくない。


 ではどうするべきか。

 その答えは――未来を知る俺だからこそ知っている。


「とりあえず写真は綺麗に、かつ顔が写るように撮ろう。それと被写体は二人にして、できるだけ接近してるシーンで撮りたいな」


 この時代には存在しない概念だが、将来的には「映える」「尊い」という言葉がそれなりに流行る。

 それなら話は早い、この2つを先取りしてしまえば良い。


「なるほどね〜。今日は琴ちゃんの番だから、私となっちゃんがイチャつけばよいと」

「まあそんな感じだな。できれば日常を切り抜いた自然な一枚が理想だけど」

「難しいなぁ」


 これで多少なりフォロワーは増える。

 とは言っても、その殆どは大人であり、中学生に対しての宣伝効果は薄い。

 それでも、客という味方を増やすという点では、決して無駄ではない行為だろう。


「なっちゃん〜、私とちゅっちゅしようよ〜!」

「な、何だよ急に! 嫌だよ!!」


 いつの間にか、恵が卯月に抱き付いていた。

 少しわざとらしいけど、ギュッと抱きしめる恵と、顔を赤くして仰け反る卯月の構図は、少しだけ画になっているように思える。


 琴穂はこのシーンと共に「いつも仲良しの二人! 羨ましねっ!」と投稿。

 それなりに評価されたらしい。

▼田村 裕之

175cm70kg 右投左打 投手/外野手 2年生

去年の秋まで富士谷エースだった男。

コールド負けを切っ掛けに野球部を辞めたが、柏原達との賭けに負けて再び入部する事となった。

選手としては強肩強打。ただし金城孝太よりもスケールは小さい。


NEXT→12月21日(月)18時or20時

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