25.運命の抽選結果
体験入部の翌日、新宿区にある城海高校で秋季東京大会本戦の抽選会が行われた。
抽選に行ったのは島井さんと畦上先生。今日は練習の無い月曜日だったが、抽選結果をいち早く知る為に、多くの部員が放課後の学校に残っていた。
「かっしー、どうなると思う?」
「半分くらいは正史通りになるんじゃねえかな」
小さな声で恵と言葉を交わす。
この本戦は、本来なら富士谷ではなく阿立西が出場する。
つまり、島井さんが阿立西と同じ位置を引けなければ、玉突きで抽選結果が大きく変化するのだ。
秋季大会本戦の抽選順は、第1ブロックA代表から始まり、第24ブロックB代表が最後になる。
第9ブロックB代表の富士谷は18番目。残りの30校の一部は、この玉突きの煽りを受ける。
「あ、来たよ〜!」
恵が声をあげると、選手達が一斉に群がった。
「うわっ、また強そうな所ばっかりじゃん! 籤運悪すぎだろ!」
すかさず京田がそう叫んだが、これは仕方がない事だ。
本大会に出場する高校というのは、東西合わせて250校超の中から勝ち残った48校である。
もっと言うなら、会場校の24校は自動的にブロックが分かれる。つまり、出場枠の半分は立派なグラウンドを持つ実力校か、そこに勝った高校となるのだ。
それを踏まえた上で見ると、富士谷は比較的マシな方だと思える。
初戦は八玉学園、2回戦は国修館。どちらも守備型の強豪校だが、プロ注目クラスの投手は擁していない。
ただ、双方に府中本町シニアの同期がいるので、その点ではやり辛い相手だと言えるだろう。
3回戦はまだ読めないが、この山には目標としていた大山台高校も入っている。
この高校を直接叩けるのは非常に大きい。大山台高校がベスト16止まりとなれば、21世紀枠争いでも更に優位が取れる。
準々決勝は恐らく関越一高。
とは言っても、本来エースである俺が居ないので、これもどうなるか分からない。
どちらにせよ先ずは目先の相手だ。まだ考える必要はない。
そして何より注目すべきは、準決勝で当たるヤグラ左下。
その中にある、八王子市民球場二日目の試合だった。
10月3日(日) 八王子市民球場
第一試合 都立福生―石倉
第二試合 都大三高―都大二高
控え目に言ってもニヤけが止まらない。
木田と相沢が潰し合い、この勝者とも準決勝までは当たらない。
これ以上に無く理想的な展開だ。お互いにどう攻略し合うか、高みの見物とさせて頂こう。
「正史と少し違うけど、悪くない組み合わせだね〜」
「ああ。手を抜ける試合は無いけど、一つ一つは夏より軽そうだな」
部員達の輪から外れた場所で、恵と言葉を交わした。
組み合わせは悪くない。しかし、高校野球というのは何があるか分からないし、本来なら全て格上の高校だ。
転生者が潜んでいるパターンもある以上、どの試合も手は抜けないだろう。
「そういや、府中本町シニアでの勧誘はどうだった?」
ふと、つかぬ事を聞いてみた。
抽選とは全く関係ないが、体験入部の裏側で行った勧誘は上手くいったのだろうか。
「それがねー、土村くんに邪魔されて全然だったよ〜」
「うわっ、あのバカが現れたのかよ」
「うん。いきなり『そこで何してんだ女ァ!』って叫ばれてビックリしちゃったよ」
土村か……すっかり存在を忘れていたな。
そういえば、昨日の関越一高は練習が休みだった。
土日が休みになるのは非常に珍しいので、それは今でもよく覚えている。
「でさー、柏原を誑かしたのもお前かー! みたいになって、そこから先はもう大激戦だよね」
「災難だったな……」
「ほんと最悪だったよ! かっしーのこと負け犬とかクソカスとか散々言ってたしさー、失礼しちゃうよね〜!」
土村の面倒臭さは俺が一番知っている。
今回ばかりは恵に最大限の同情を捧げよう。
「それで収拾は付いたんだ?」
「うん。すっごく可愛くて大人しそうな子が現れて、土村くんを止めてくれたの!」
「棚ちゃんだな……」
「え、知ってるの?」
「棚橋唯。関越一高のマネージャーだよ」
棚橋唯こと棚ちゃんとは、関越一高のマネージャーであり、俺が初めて付き合った相手でもある。
大人しいけど気配りが上手くて、気の優しい女の子だった。
彼女には本当に悪い事をしたと思う。
今思えば凄く良い子だったが、当時の俺は琴穂への未練が捨て切れず、僅か一週間で別れてしまった。
それなのに、別れた後も親身に接してくれたのだから、彼女への罪悪感は拭えない。
「へー、そうだったんだぁ」
と、事情を語ってみたら、恵はニヤニヤと笑みを溢した。
「でさ、今は土村くんの彼女っぽかったけど、これは正史通りなの?」
「ああ。正史なら俺の後に土村と付き合う。その後は渋にゃんで、最終的には周平と……」
「待って。さっきっから思ってたんだけどさ、かっしーがアダ名や名前で呼ぶの珍しくない?」
ふと、恵が疑惑の視線を向けてきた。
「別に普通だろ。お前や琴穂も名前で呼んでるし」
「私と琴ちゃんはチームに同姓がいたからじゃん」
言われてみればそうだったな。
正史の名残りで、関越一高のメンバーは当時の呼び方を使っているが、今回からの知り合いは基本的に名字で統一している。
特に意味はないのだけれど、自然とそうなってしまった。
「やっぱさ、まだ少しだけ未練あるでしょ」
「まあ1ミリくらいはな」
未練が無いと言ったら嘘になる。
酷使で壊れたとはいえ、関越一高で過ごした日々も、俺にとっては人生の1ページだ。
こればっかりは仕方がない。
「じゃ、未練を断ち切る為にも、土村くんにギャフンと言わせる為にも、ここには絶対に勝ちたいね」
恵はそう言って、いつの間にか回収していたアイフォンの画面を拡大した。
画面いっぱいに「関越一高」の文字が広がる。
「随分と気が早いな」
「ふふっ、けど負けるつもりは無いでしょ?」
「勿論。最低でもベスト4だからな」
西東京と東東京が交わる秋季大会。
古巣との対決は実現するのか――それは未来を知る俺達でも分からない。
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