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24.体験入部

 ブロック大会決勝戦の翌日、富士谷高校野球部では体験入部が行われる事となった。

 恵の情報によると、夏の成果もあって50人以上の中学生が来るらしい。

 ここで富士谷の良さをアピールできれは、補強に向けて大きな一歩になるだろう。


「で、津上は呼べた?」

「うん。とりま家近いんで行きま〜す、だって」


 一個下世代ナンバーワン内野手・津上勇人。

 どうやら、彼も体験入部に参加してくれるらしい。


 本来、このレベルの選手は都立高校など見向きもしない。

 その中で、俺達が津上を狙った理由は3つある。


 一つは恵が言った通りで、彼の実家は富士谷と同じ八王子市長房町にある事だ。

 単純に家が近いというのは魅力的だろう。


 もう一つは、彼は本来なら東山大菅尾に入るのだが、その理由が「木田を擁する都大三高に勝ったから」だったから。

 彼は木田への対抗心が強い。そして、今回は東山大菅尾ではなく、富士谷が都大三高を倒した。

 理屈で言うなら、今回は此方を選ぶ可能性は十分にある。


 そして最後の一つ――これは勧誘の武器にはならないが、彼は正史通りなら高校を中退してしまうからだ。

 それも怪我や伸び悩みではない。木田同様、彼も性格に問題があり、入学早々からイキり散らした結果、注意してきた先輩をぶん殴って退学させられた。


 勿論、これは100%津上が悪いのだが、彼の損失は野球界にとって痛手だったに違いない。

 津上の高校中退を回避すれば、野球界の為にも本人の為にもなるだろう。


「じゃ、私は府中本町シニアで勧誘してくるから、津上くんの事は任せたよ」

「ああ……本当は俺がそっちに行きたいまであるけど、お前のほうが人望あるだろうしな……」


 ちなみに、本日は恵不在である。

 まあ練習を少し体験させるだけなので、特に問題はないだろう。





 練習開始から暫くすると、校舎の見学を終えた中学生達が、畦上先生に連れられてグラウンドに現れた。

 体験入部生は皆、少し緊張している様子で、どこか垢抜けない雰囲気を感じる。

 その中で、一際目立つ存在が目に止まった。


 堂上と遜色ない体格に、自信に満ち溢れてそうなワイルドな顔立ち。

 なにより、殆どの体験入部生が練習着を着ている中で、胸に「JAPAN」と書かれた縦縞のユニフォームに身を包んでいる。

 体験入部からイキってきた彼こそが、一個下世代ナンバーワン内野手・津上勇人だった。


「おいおい……アイツって津上だろ……?」

「うわっ、俺ポジション被ってるし、ここ避けようかなぁ」

「ちくしょー、恵さん居ないじゃん……!」


 いきなり不穏な空気が漂っている。

 これは不味いな。津上はもう仕方がないけど、即席女神だけでも用意したい。


「卯月、一日だけ恵になってくれ」

「無茶振りすぎんだろ!!」


 卯月に振ってみたけど、卯月は秒で否定してきた。

 すると、その横にいた堂上は、卯月の胸に目を向けて、


「柏原、無い袖は振れん」


 と、無表情で言葉を溢した。

 すかさず卯月パンチが炸裂するが、堂上は全く動じない。

 コントしてる場合じゃないんだけどな、なんて思っていると、救世主が現れた。


「かっしー、私がめぐみんになるよっ!」


 自信満々に言い放ったのは、恵のジャージを着た琴穂だった。

 明らかにサイズが合ってない。少し余した萌え袖は、心に突き刺さる物がある。


「琴穂、頼んだぞ」

「(それこそ無茶だろ……)」

「(ふむ……可愛い子には旅をさせよ、という事か?)」


 俺達の天使なら、きっと恵の代役も務まるだろう。

 そう思って送り出したが、琴穂は三歩くらい走ってから、盛大にすっ転んでしまった。


 その後、中学生にはシートノックを体験して貰った。

 実力はピンからキリまでいるが、恵の勧誘や夏の実績のお陰もあり、動きの良い選手が目立つ。

 その中でも津上は別格だ。守備範囲は渡辺よりも少し広い程度だが、球際に強く肩が非常に良い。


「……欲しいな」


 その様子を見ていた瀬川監督も、顎を擦りながら呟いた。


「柏原、ちょっと相手してやりなさい」

「自分ですか……?」

「うむ。実績の近い人間のほうが打ち解けやすいだろう」


 瀬川監督は此方を見ずにそう言った。

 放任主義で口数の少ない監督だが、だからこそ物を頼まれると断り辛い。

 俺は仕方がなくショートの定位置に向かった。


「お、柏原さんですね」

「どーも」


 先ずは津上と挨拶を交わてみる。

 彼は俺の全身を見たあと、顔をニヤリと歪めて、


「まあまあっすね」


 と、早速失礼な一言を浴びせてきた。

 彼は野球に対しては真剣だが、先輩や指導者には舐めた態度を取る。

 そして短気で手も出やすい。木田ほど頭のネジは外れていないが、木田よりも問題を起こしやすいタイプだ。


「まあ俺の事は置いといて、この高校はどうよ」

「んー、分かんねっす。だってコイツらが入ると限らないし、先輩たちは手伝いだけじゃん?」


 なるほど。俺達のプレーも見てみたかった訳か。

 今日の主役は中学生なので、そこは公式戦を観に来て頂こう。


「つーか、そろそろ打ちません? 柏原さん投げてくださいよ」

「俺は投げねーよ。中学生を怪我させる訳にもいかねーしな」

「俺、その辺の高校生より上手いんで平気っすよ」

「そういう問題じゃねーからな……。今日はマシンで我慢してくれ」


 本当にクソ生意気だな。

 ここで入部を賭けて一打席勝負をしても良かったが、それは他の中学生もいる手前、あまりよろしくないだろう。


 その後、練習はマシン打撃に移った。

 ここでも一番目立ったのは津上だ。俺や堂上と遜色ない打球を次々と飛ばしていく。

 これでショートなのだから、世代ナンバーワン内野手と言われるのにも納得だ。


 他にも何人かの中学生が目に止まった。

 中でも、西東京選抜で2番を打っていた中橋隼人は、喉から手が出るほど欲しい左の巧打者である。

 なぜ富士谷に興味を持ったかは謎だが、素行面も素晴らしく模範的な選手なので、ぜひ富士谷に来て頂きたい所だ。


「おいおい、ゴリより打ってんじゃん……」

「それを言うなら、おまえより飛ばしてるけどな」

「これあくまで体験だよね? みんな入部とかしないよね……?」


 そんな中、京田、近藤、阿藤さんが、不安げな表情を浮かべていた。

 主将の島井さんは忙しそうだったけど、彼も内心では不安に違いない。


 意外な形で下位打線が煽られたな。

 最初は不穏な空気が漂っていたが、体験入部は色んな意味で成功と言って良いだろう。


 ただ、これはあくまで体験入部であり、実際に受験してくれるとは限らない。

 当然ながら、彼らは他の高校でも体験入部や見学会を行っている。

 ここから先は恵の話術、そして秋季大会での躍進が明暗を分けるだろう。

▼津上 勇人

178cm78kg 右投右打 遊撃手/三塁手/投手 中学3年生

2年連続U-15日本代表の肩書を持つ世代ナンバーワン内野手。

強肩強打で球際に強く、投げてもMAX141キロを記録する。

日本代表のユニフォームを非常に気に入っていて、隙あらば身に着けては周りに見せつけたがる。



NEXT→12月16日(水)

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