23.協定
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阿立西との試合後、相沢と合流してコンビニを訪れた。
先ずは恵に渡したA4用紙のコピーを渡して、一周目の人生を相沢に開示。まだ完全に信用した訳ではないが、この情報なら試合には関係ない。
恵が転生者である事は伏せつつ、本来は富士谷に居ない選手は俺が誘った体にして、ここまでの経緯も語った。
「で、都大三高の春夏連覇阻止に協力しろって言ってたけど、具体的な方法は何かあんのか?」
「あるよ。けどその前に、柏原くんの意見が聞いてみたいな」
相沢は勿体ぶって聞いてきた。
面倒臭いな、と思いつつも、少しだけ考えてみる。
「お前が富士谷に転校するとか?」
「柏原くん、忘れてるかもしれないけど、俺は所沢市民だからね……」
「そうだったな……」
都立高校に入学するには、最低でも両親のどちらかと都内に住む必要がある。
この時点で、埼玉県民の相沢を引き抜く事は叶わない。
「じゃあ他の転生者を探して富士谷に集めるとか」
「あはは、やっぱそうなるよね。けど、柏原くんは肝心な事を忘れてるよ」
相沢は嘲笑うように少しだけ笑みを溢した。
「まず、転生者が強豪の主力とは限らない。他の転生者が弱小校の選手だとしたら、2周目程度じゃ使い物にならないよ」
「なるほどな」
転生者が必ずしも野球が上手いとは限らない訳か。
恵に関しては運動音痴のマネージャーだし、言われてみればそうだったな。
「それと、他の転生者を集める方法は、過去のAランク転生者が何度も試した」
「ああ、Aランは転生の全てが分かるから、他の転生者も分かる訳か」
「そうそう。けど結果はダメだった。その程度じゃ阻止できないんだよ」
相沢は少し残念そうに語ると、閃いた俺は指を鳴らした。
「じゃあ、俺達が失敗覚悟で周回するのはどうよ」
「周回を重ねた転生者を集めるって事ね。それは俺が提案して試した事あるよ」
「それでもダメだったのかよ」
「うん、ダメだったね。正確には集める前に終わった」
その瞬間、相沢は不気味なくらい真剣な表情で、俺を見つめてきた。
「集める前に終わった……?」
「そう、みんな周回に耐えられなくなって脱落しちゃった」
「転生ってそんなに辛いか? 俺はどちゃくそ楽しんでたけど」
俺がそう言い放つと、相沢は少しだけ呆れた表情を見せる。
「柏原くん……死って、本来はとても怖い事なんだよ。死ぬまでの過程も、死ぬ直前も、怖くて痛くて苦しいんだ。
俺は例外中の例外だし、柏原くんも寝てる間に死ねたみたいだけど、その過程は二度と経験したくないでしょ?」
そう言われると、俺は思わず口をつぐんでしまった。
また実家の人間と揉めて、嫁や上司にはボロ雑巾のように扱われる。
それを何度も経験すると考えたら、途中で投げ出してしまうかもしれない。
「それに、スクールライフだって楽しいのは2周目までだよ。3周目からは作業だし、幼稚なノリに合わせるのが辛くなるからね」
「……なるほどな。周回が現実的じゃないのは分かったけど、じゃあどうすりゃいいんだよ」
俺は相沢に尋ねると、相沢はニヤリと笑った。
「先ずは、二高と富士谷で定期的に練習試合と合同練習を組もう。勿論、練習試合は他の強豪も交えてね」
練習試合と合同練習か。此方としては、願ったり叶ったりの協定だ。
都立高校は強豪校と試合する機会が少なく、今の富士谷は出来る事が限られている。
本当にありがたい内容だが、相沢の魂胆は直ぐに理解できた。
「つまり、お前は堂上を打っておきたいって事だろ」
相沢にとって一番厄介なのは、周回の過程で対戦経験の無い投手である。
だからこそ、正史では存在しない堂上との対戦を重ねたいのだろう。
「信用されてないなぁ……じゃあこうしようか。富士谷との練習試合では俺は打席に立たない。これならどうかな」
しかし――相沢の新たな提案に、俺は思わず目を丸めてしまった。
「そっちにメリットねえだろ。ますます怪しいな」
「メリットはあるよ。単純に富士谷が強くなれば、三高に当てる駒が増える訳だからね。
それに二高も全国レベルの強豪では無いから、プロ注目投手との練習試合は貴重なんだ」
あくまで切磋琢磨していこうと言う訳か。
思っていたより地味な内容だが、此方に不利益は無さそうだ。
「分かったけど、その程度で都大三高に勝てんのかな」
「どうだろうね。けど幸い、こっちには八玉学園と都大二高、そっちには関越一高と瀬川監督の知恵があるし、畦上さんは都大三高の出身だからね。お互いに知識を出し惜しみせず共有すれば、確実に強くなると思うよ」
畦上先生って都大三高出身だったのかよ。
知らなかった。ただの焼き肉奢ってくれるおじさんじゃなかったんだな。
なんにせよ、この協定は富士谷としては非常に有り難い。
恵と相沢を接触させるリスクはあるが、ここは素直に従っておこう。
「練習試合と合同練習な。お前は打席に立たないって事なら協力してやるよ」
「ありがとう。他の転生者も見つけ次第、この協定に巻き込みたいね。理想は全東京vs都大三高の構図だけど、それは流石に無理かなぁ」
「それは無理だな……。ってかさ、俺達で勝手に話進めてるけど、そっちの監督は了承してくれるのか?」
ふと、つかぬ事を聞いてみた。
瀬川監督は恵を通せば問題ないが、都大二高の監督は受け入れてくれるのだろうか。
「大丈夫。監督は俺が転生者だって知ってるから」
「ああ、なんだ。それなら大丈………………はぁ!?」
その後、相沢は監督の前で未来予知を連発して、未来人である事を証明したと語った。
自由自在に采配を操れたのにも納得だ。一応、他の人間には隠しているらしいが、それでも正気の沙汰とは思えない。
こうして相沢との協定が結ばれた。
とは言っても、来週からは秋季大会が始まるので、実行に移すのはオフシーズンになるだろう。
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