9.退屈すぎる練習試合
練習試合は基本的にサクサク進めていきます。
東京では春季大会の真最中だが、富士谷高校には関係なかった。
というのも、東京は3月からブロック予選が始まる為、2月中には参加が締め切られる。
当時部員3人の富士谷は、当然ながら弱小校同士の連合チームで出る事となり、あっさりとブロック予選で敗退を喫していた。
という事で、入部して最初の土日は2日間みっちりと練習。
月曜日に全体ミーティングを行い、1年生の役割を振った。
学年主将、学年副主将、鍵係、そしてウンコ係。
鍵係は部室の鍵の貸し借りを行い、ウンコ係はグラウンドに脱糞される猫の糞(主に内野の定位置が多い)を処理する。
学年主将は言うまでもなく、暫定の次期主将となる。
俺は学年主将となった。
正史では野本が主将を務めたが、恵が余計な事を言って無理矢理推薦された。
全く、そこは野本に華を持たせてやれよ……とも思ったが、野本も俺のことを推していた。
むしろ張り合って来たのは堂上だが、とりあえず副主将で我慢して頂いた。
その週末に初めての練習試合が組まれた。
富士谷のホームゲームで、都立穂瑞農業高校と都立多柄高校との変則ダブルヘッター。と言っても、大した期待はしていない。
本来、練習試合は1ヶ月以上先まで組まれている物。その中で、先週やっと9人を超えた富士谷と組める相手は、当然ながらその程度の高校となる。
一試合目、富士谷と穂瑞農業の対決は、見るも無惨な虐殺ショーとなった。
穂瑞農業の先発右腕・乾さんは、制球が良く直球も120キロ弱くらいだが、そんな事はもはや関係なく、ただひたすらに守備が破綻していた。
1回裏、俺のスリーランで3点を先制すると、2回裏には連続失策が絡み打者一巡の6得点。
3回裏から登板した小肥りの左腕は四死球を連発し、打者が2巡して14点を追加。4回裏は適当に流したが1点入った。
一方、先発した俺は、3回まで無安打7奪三振の投球を披露。
4回表、先頭打者の乾さんにライト前まで運ばれたが、残りの6人は全て三振で打ち取った。
これで5回表を終了して24-0。本来、練習試合にコールドはないが、5回で打ち切りとなった。
「とんだ茶番だったな。卯月、次の相手はどうなんだ」
「ん、ああ。穂瑞よりは強いけど、あんま期待すんなよ」
「なるほど。つまり同等の内容で投げきれば俺の勝ち、という事だな」
堂上とマネージャーの卯月がそんな会話をしていた。
コイツ、練習試合でも俺との勝敗つけるつもりかよ。正気の沙汰じゃねえ。
二試合目は穂瑞農業と多柄。変則ダブルにおいては、主催チームは一三試合目となるのが主流だ。
こうする事で、二試合目で終わる穂瑞農業は早く帰れるし、二試合目から始まる多柄は遅めに来る事ができる。
内容については割愛。12-4で多柄が勝利した。
「あざっしたぁ!」
「いや~久々に試合できたな~」
二試合連続で惨敗した穂瑞農業ナインだが、まるで落ち込む様子がなく、なんだか和気藹々としていた。
試合すら儘ならない高校にとっては、試合ができるだけで有難い事なのだろうか。
その中で一人、俯いている選手がいた。
二試合共に1番投手で出場した乾さんだ。
彼は穂瑞農業の中では抜けている選手だった。
それだけに、勝とうとする気持ちは他の選手よりあったのだろう。
まあ……気にしても仕方がない。それよりも次の試合だ。
「そーいや、堂上の投球って見たことねーな」
「いつもブルペンで投げてるだろう。まあいい、そこで見ていろ」
三試合目、富士谷と多柄。先発は堂上で、俺は二塁審判となった。
打者としても4番を打つ俺だが、この程度の相手なら、わざわざ登板した後に出す必要がない、という判断なのだろう。
さてさて、注目の堂上のピッチング。
右のオーバースローで、フォームには躍動感がある。投げっぷりがいいとはこの事を言うのだろう。
直球は130キロ台中盤くらい。速いカーブ……ナックルカーブか。それと決め球にチェンジアップ。
制球は荒っぽいが、1年生としては上等すぎる投手だ。テニスに転向した正史は、もはや黒歴史と呼ぶべきだろう。
堂上は大人げない投球でスコアボードに0を並べていった。
一方、打線のほうは、先程と比べると大人しい。
穂瑞農業とは違い、多柄の守備は最低の最低限レベルはあり、大崩壊する事はなかった。
その中で、他に目立った選手を挙げるなら、孝太さんと鈴木だった。
孝太さんは故障歴こそあるが、強肩強打で足も速く、総合力が非常に高い。
根っからの左利きなので、守れる所が少ないのが惜しいくらいか。
本人曰く、野手をやってて肘が痛む事はあまり無いらしいので、元投手らしい強肩も十分に活かされている。
鈴木は逆方向にも長打が打てる右の好打者。
本人はBチーム出身と言っていたが、打撃だけなら府中本町シニアでも中軸クラスだ。
確かに、この選手が弱小校にいたら印象的だし、その経歴も気になってくる。
初年度は俺、堂上に加え、この二人で得点するパターンが中心になりそうだ。
結局、多柄と試合は、14-0で7回打ち切りとなった。
堂上は7回を完封したものの四死球が4つあった。
もし絡んできたら、無四死球の俺の勝ちって言い返してやろう。
「あざっしたぁ!!」
「あっちでミーティングやんぞ」
「うっす!!」
多柄の選手の中には、悔しそうにしている選手も見受けられた。
穂瑞農業の選手は先に帰っていた。ただ一人を除いては。
「あっ……」
夕暮れの中、片付けをしていると、その乾さんと遭遇してしまった。
掛ける言葉もない。小さく会釈だけして、その場を去ろうとした。
すると、
「乾とか言ったか。チーム選びを失敗したな、同情するぞ」
なんて堂上が言うもんだから、卯月がすかさず飛び蹴りをかました。
「ばっかお前……つーか先輩だぞ、敬語使え! す、すいませんっ、こいつバカなんで!」
「心外だな。俺は学業も怠ってはいない。中間テストで証明してやろう」
「そういう事じゃねーんだよ!!!」
そんな二人の茶番を前にして、乾さんは少しだけ笑みを溢した。
「ふふっ……気は使わなくていいよ。言われても仕方がないくらいウチは弱いから」
「あ、いや……なんかすいません……」
「いいって。それに、チーム選びに失敗したとは思ってないから」
言葉に詰まった俺に、乾さんはハッキリとした口調でそう返した。
「確かにめちゃくちゃ弱いけど、皆と野球がやれた事に後悔はないからさ」
「ふむ、理解できない感情だな」
「お前もう黙ってろ!!」
堂上と卯月の茶番に、乾さんは再び笑顔を見せた。
後悔はない……か。きっと、俺みたいに転生しても、同じ道を選ぶのだろう。
俺だって、関越一高に全く未練が無い訳じゃない。
それは妻――伊織に対しても同じだ。
歯車さえ狂わなければ、仲違いせずに済んだのだから。
「かっしーおつ! いや~快勝だったね~」
「この程度の相手なら快勝しなきゃマズいだろ……」
「まあまあ、正史では9回までやったからね~。上出来だよ」
恵はそう言って、俺にコップを手渡した。
中身は薄めたスポーツドリンク。俺は一気に飲み干した。
「……なに考えてたの?」
「いや、ちょっと関越一高時代の事をな」
「そっか。気持ちはわかるけど、あんまり考えて欲しくないなぁ」
恵は少し俯いて、言葉を続ける。
「だって今は……私達の仲間なんだからさ」
そして顔をあげると、なんとも言えない上目遣いでそう言った。
確かに、以前の人間関係に未練タラタラだなんて、皆に対して失礼もいい所だったな。
俺は「ごめん」とだけ言うと、彼女は微笑みながら「いいよ」と返した。
「ちなみに来週の相手は?」
「仲野工業と八玉双志。どっちも初戦コールド負けの常連だね~」
暫く、練習試合には期待できそうにない。
▼堂上 剛士(富士谷)
178cm75kg 右投右打 外野手/投手 1年生
力のある速球とチェンジアップに加え、変化の大きいナックルカーブを操る本格右腕。
普段は外野手として出場する事が多く、打者としても長打力が非常に高い。
無愛想でポーカーフェイスだが、負けず嫌いでやたらと勝敗に拘る一面もある。
▼鈴木 優太(富士谷)
177cm70kg 右投右打 一塁手 1年生
非常に打撃センスが高く、広角に強い打球を放てる右の好打者。
中学時代は強豪シニアにいたが、とある理由でBチームに幽閉されていた。
見るからにホストみたいな容姿をしていて、その見た目どおり性格は軽い。