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16.第三の転生者

 9月11日、富士谷高校野球部は都大二高グラウンドを訪れていた。

 玉川上水から約10分、チラホラと畑が散見される住宅街に、全面が土の立派なグラウンドが広がっている。

 秋季ブロック大会1回戦、都立江草高校との試合は、そんな場所で行われる事となった。


「おいおい、相手は10人しかいねーじゃねえかぁ! こりゃー貰ったなぁ、井原!」

「は、はぁ……そっすね(ぜってー無理だわ……)」


 俺達が集合している側で、そう言葉を交わしていたのは、江草高校の監督とエースだった。

 髭面の監督は得意気になっているが、江草高校は普通の弱小都立であり、正史の富士谷でも勝てる程度の高校だ。

 その中で、監督がやたらと得意気になっている理由は、エースを務める井原さんにある。


 井原さんは弱小都立の選手ながら、最速130キロ超の直球を放つことができる。

 120キロですら速い部類に入る弱小校にとって、井原さんは「10年に1度の逸材」と呼べる選手なのだろう。


 ただ残念ながら、ギリギリ130キロを超える程度の右腕など、他に武器が無い限り、中堅校ですらも抑えられない。

 そして、この選手に他の武器はない。アーム投げで球種も少なく、制球もそこそこ程度だった。



 本日の第二試合、都大二高と練間高校の試合が終わると、選手達は三塁側ベンチに入った。

 ちなみに、二試合目は都大二高が勝っている。相沢は背番号5を付けていたが、俺が見始めた頃にはベンチに下がっていた。


 いつものアップ等々を終えると、予定通り14時に試合が始まった。

 富士谷の先攻で、先頭打者は安定の野本。その初球――彼は直球を弾き返すと、打球はセンターの頭を越えていった。


「ナイバッチ野本!」

「いやー、これは5回で終わるな〜」


 俊足の野本は三塁まで到達した。

 ただ、奇麗な三塁打とは言い難い。強豪校が相手なら、深めのセンターフライでも可笑しくない打球だった。


 弱小校は外野の守備範囲、特に後方への範囲が極端に狭い。

 だから、大きなフライを連発しただけで、次々と長打が続いてしまう。

 勿論、内野守備も杜撰な為、このレベルの高校になると、投手一人の力で勝つのは難しいだろう。


 守備もそうだが、打線の弱さも致命的である。

 富士谷が点を積み重ねる一方で、江草は3回を終えて0出塁だった。


 バットに当たらないし、当たっても外野に飛ばない。

 それも、変化球はスライダーしか投げていないのに。

 これでは調整にもならない。ただ、パイプ椅子が雑に並んでいる一塁側の客席では、通っぽい青年が真剣な表情で俺を見ていた。


 ブロック予選は一般客が非常に少なく、父兄の方々も心無しか少なく見える。

 その中で、父兄以外の人間は非常に目立つ。通っぽい青年は勿論、都大二高のユニを着てニコニコしているクソ野郎――もとい相沢も、俺にとっては非常に目立つ存在だった。


 まあ、偵察でも何でも好きにすればいい。

 どうせブロックでは当たらないし、俺も新球種を投げるつもりはない。


「柏原もお前らも同じ高校生! そろそろ打てるだろ! はっはっはっ!」

「そ、そっすね……(無理に決まってんだろ……)」

「点差わかってんのかこのオッサン……(はい、頑張ります!)」

「本音出てるぞ井原ァ!」


 15対0で迎えた5回裏、一塁側ベンチでは、相変わらず監督が調子に乗っていた。

 まあ……楽しそうで何よりだ。田村さんが求める「勝てなくてもいい野球部」というのは、江草みたいなやり方なのだろう。


 先頭は4番打者。ちなみに、ここまでパーフェクトである。

 ストレート2つで追い込むと、最後は逃げるスライダーで空振り三振。

 殆どこのパターンで抑えているのに、全く学習しない。

 続く5番打者は弱々しいピッチャーゴロ。そして――。


「ットライーク! バッターアウッ!」


 最後はバックドアのツーシームで見逃し三振。

 これで5回を無安打無四球12奪三振。5回参考完全試合を達成したが、相手が相手なので参考にもならなかった。



 試合が終わると、何時ものように恵からスポドリを差し出された。


「かっしー、今日スカウトさん来てたよ」

「え、マジで?」


 という事は、あの通っぽい青年がスカウトか。

 この時代の若手スカウトと言えは、東京の人気が無いほうの球団だろう。


 確か、彼は正史でも俺の事を評価していて、よく2位で指名したいと言っていた気がする。

 わざわざ、球速の測れないブロック予選を見に来るあたり、今回も相当熱心なのは間違いない。


 今の俺は何位相当なのだろうか。

 正史では、1年夏の時点で最速137キロだったが、今回は最速144キロまで伸びている。

 ただ、高卒投手に求められているのは伸び代であり、長身から豪速球を振り下ろせる事。

 こればっかりは覆らないので、1位の壁を突き破るのは難しいかもしれない。


 その後、ふと便意を催したので、俺は都大二高Gの便所を拝借した。

 見苦しい部分は割愛して個室を出る。手を洗って便所から出ようとすると、都大二高の選手――相沢が入ってきた。


「やあ、こんにちは」


 彼は馴れ馴れしく手を振ってきた。

 別に話す事はない。俺は適当に会釈して、便所から出ようとする……が、相沢が出口を塞いだ。


「せっかく転生者同士が巡り会えたのに、冷たいなぁ」

「別に話す事なんてねぇだろ」


 ニコニコと笑う相沢を適当にあしらった。

 同じ転生者ではあるが、コイツは敵でしかない。

 そう思って、相沢を避けて出ようとすると、


「俺が転生のほぼ全てを知るとしても?」


 そんな事を言うものだから、俺は足を止めてしまった。


「転生の全てだと……?」

「食い付いたね。ここじゃ都合が悪いし、場所を変えよう」

富士谷343 41=15

江_草000 00=0

(富)柏原―近藤

(江)井原―石水


作中で富士谷の選手が10人と言われているのは仕様です。

サッカー部にいる柏原の友人がブロック予選限定でレンタル部員やってます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] は、早すぎない!?もうちょっと温存してても良かったんじゃない!?
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