15.旧エースの勧誘作戦
長かった夏休みも終わり、新学期が始まった。
9月と言えば文化祭、そして秋季大会のブロック予選が行われる。
選手達は両方の準備に追われ、忙しい日々を送る事になった。
そんな中、俺と堂上は2年生のテリトリーに潜伏していた。
理由は言うまでもない。富士谷の元エース・田村さんを勧誘する為であり、2年3組の教室に向かっている所だった。
「で、その田村さんってのは、どんな選手だったんだ?」
教室に向かう途中、堂上にそう尋ねてみた。
「良くも悪くも俺みたいな選手、とだけ言っておこう」
「あーはいはい、また右投右打の本格派ね……」
その言葉を聞いて、俺は少しだけ落胆してしまった。
欲を言えば左の技巧派、或は左の巧打者が欲しい所だったが、そう都合の良い事ばかりとはいかないな。
野手として使えそうなだけ感謝しなきゃいけないまである。
「いや、打つ方は左だ。尤も、パワータイプに違いは無いがな」
「お、マジか。左打者は野本しかいねーからな、これは助かるわ」
そんな会話をしている内に、2年3組の教室に辿り着いた。
中に入ると、見るからにオラついてそうな中肉中背の生徒と視線が合った。
「おー、堂上じゃねえか。久しぶりだなぁ!」
どうやら、彼が田村さんらしい。
髪は黒の短髪を立てている。腰を通り越してケツで穿いているズボンは、一周回って女子ウケが悪いような気がした。
「お久しぶりです。どちらが本当に上か、決着をつけに来ました」
堂上は淡々と答える。
どうでもいいけど、敬語で喋る彼には違和感しかない。
「決着ぅ? はんっ、それならオメーの勝ちでいいわ」
「では、勝者の私から命じさせて頂きます。野球部に戻りましょう」
少し機嫌を損ねた田村さんに、堂上は無表情で言葉を返した。
「はぁ? なんで戻んなきゃいけねーんだよ」
「世の中は弱肉強食、敗者が勝者に従うのは当然でしょう」
堂上ワールド怖すぎだろ。
ってか、その理屈なら、俺は堂上に10回くらい命令できるけどな。
「嫌だね。コールド負けするような弱いチームの癖に、甲子園を夢みて土日もずっと練習してんだろ? やってらんねーわ」
田村さんはバツの悪そうな表情でそう答えた。
この人が野球部を辞めた理由は、島井さんから事前に聞いている。
去年の夏、当時の3年生が引退してから、富士谷は本格的に上位進出を目指すようになった。
しかし、秋季大会はブロック予選で初戦コールド負け。夏休みの努力が見合わない結果となり、次々と部員が辞めていった。
やるからには勝ちたい、勝てないなら楽したい、と思う人間は少なくない。
彼もそのうちの一人であり、頑張って練習した結果が初戦コールド負け、という現実に耐えられなかったのだ。
「ふむ……しかし、コールド負けとは言ってもベスト8、弱いチームという事はないでしょう」
堂上も負けじと反論するが、田村さんはコールド負けという結果を根に持っている。
西東京ベスト8だけでは揺るがない。今よりも練習を緩くしてエンジョイ野球部にするか、夏のコールド負けを上書きするような強さを証明するしかない。
「ベスト8ねぇ……ま、強いところにゃ勝ってるみてーだけどよ」
田村さんは携帯を開いて、富士谷の戦歴を眺め始めた。
下へとスクロールして行くと、秋季大会の予定が表示される。
その瞬間――彼は口元をニヤリと歪めた。
「気が変わった。戻ってやってもいい」
「ほう」
「ただし、阿立西にコールド勝ちしろ。そしたら本大会から合流してやるよ」
田村さんは得意気に言い放った。
急にどうした、とも思ったが、その理由はすぐに理解できた。
なんてことはない、去年のブロック予選でコールド負けした相手というのが、今年も同じブロックになった阿立西だったのだ。
「ふむ……悪くはない条件ですが、阿立西が途中で負けた場合はどうなるのでしょうか」
「んなもん、ダメに決まってんだろ。ここにコールド勝ちしなきゃ認めねーわ」
田村さんはそう言って腕を組んだ。
堂上は少し難色を示している。無理もない、阿立西と当たれるのは代表決定戦だ。
此方はまだしも、相手が勝ち上がる保証はどこにもない。
ただ――未来から来た俺は知っている。
阿立西は絶対に勝ち上がり、代表決定戦に現れる。
そして、本来であればブロック代表になる事を。
「堂上、その条件で受けよう」
「ふむ……いいのか? 俺達と当たる前に、阿立西が負ける可能性もあるが」
「ああ。そうなったら縁が無かったと割り切るしかない」
「そっちの兄ちゃんは話が早いねぇ。堂上、テメーも見習えや!」
そんな感じで田村さんの入部条件が決まった。
阿立西にコールド勝ちする事。それは決して不可能ではないが、孝太さんが抜けた富士谷が簡単に出来る事でもない。
問題の下位打線が何処まで繋がるか、或いは上位打線でカバーできるか。
その答えは――3週間後の代表決定戦で判明する。