14.強くなる為に必要な事
強くなる為には何が必要か。
先ずは既存戦力の強化である。
直近の大会は勿論、今後も現1年生が中心になるのは間違いない。
となると、自分も含め、この世代を鍛える事が一番の近道だと言えるだろう。
その為に必要なのは増量と練習の改善だ。
とは言っても、前者に関しては、都立高校で管理するのは少し難しい。
昼食はお互いに監視できても、夕食に関しては自己申告になる。
そして、練習のやり方に関しても、現状では改善の余地が無い。
経験豊富な瀬川監督に加え、名門校での経験がある俺もバックアップしているので、練習方法はベストを尽くせている。
その中で、今の富士谷に足りない物とは――。
「先ずは平日の夜間練習。これは遅かれ早かれ導入したいな」
練習時間である。
練習は長くやれば良いという物ではない。
ただ、高校野球という競技を極めるにおいて、平日1日2時間では余りにも短すぎるのだ。
それは歴史も証明している。
かつて高校野球が西高東低だったのは、東日本のほうが日没が早く、雪国が多かったからだ。
ナイター設備と室内練習場の充実により、その差は完全に埋まっている。
もう一つ、現代では毎年どこかしら上位進出する都立高校だが、10年後はベスト16で全滅が恒例になった。
その背景にあるのは、東京教育委員会が2018年に定めた、下記の活動方針である。
・運動部は週に2日間の休養日を設ける
・運動部の活動時間は平日で2時間、休日で3時間程度とする
つまるところ、都立高校は活動時間に制限を強いられた結果、今よりも更に弱い存在になったのだ。
限られた時間と場所で効率よく――という言葉をよく聞くが、そんなものは幻想でしかない。
立派な設備と膨大な時間の中で、尚且つ効率よく練習したほうが上手くなるに決まっている。
でなければ、名門校が設備投資をする意味など無いだろう。
「なるほどね、それは知らなかったなぁ……」
恵がルーズリーフを見ながら言葉を漏らした。
「勿論、皆の合意がないとこれはできない。嫌々やらされる練習に意味はないからな」
「うん。ナベちゃんは家の事もあるし、直ぐには導入できなさそうだね~」
どうやら、鈴木に続いて渡辺も重い事情を持っているらしい。
気になるけど、触れると長くなりそうだし、今は聞かなかった事にしよう。
「じゃあ次。後輩の勧誘」
「私が一肌脱ぐやつね」
次に必要なのは、言うまでもなく戦力補強だ。
俺達の世代は7人しかいない。そして、現状でも6番以降の平均打率は2割を切っている。
彼らに競争を促す意味でも、1年夏から使える選手は複数欲しい。
「とりあえず津上くんでしょ?」
「そうだな。けど、そいつの話は今はいいや」
恵が名前を上げた津上勇人とは、2年連続でU-15日本代表の遊撃手を務めた、一個下世代最強の内野手である。
そして――俺達が狙っている大物内野手とは津上の事であり、彼については前々から打ち合わせをしていた。
彼みたいな選手を何人も誘えれば、もう戦力に困る事もないのだろう。
ただ残念ながら、素晴らしい実績を持つ方々は、西東京ベスト8の都立高校など見向きもしない。
例外は津上だけ。今回は理由を割愛するが、彼だけは僅かに勧誘できる可能性がある為、真っ先にリストアップする事になった。
既に有名な選手を誘うのは難しい。
では、どのような選手を誘えば良いのか。
その答えは――未来を知る俺達だからこそ知っている。
「じゃあ他の選手? とりあえず正史で誘った子と、かっしーや鈴木の後輩には声掛けるけど、他にいるかなぁ」
「俺達は強豪校で主力になる後輩を知ってるだろ。その中から、中学時代は無名だった選手を誘えばいい」
「あー! なるほどね~!」
中学時代は無名だが、将来的には強豪で主力になる選手。
特待生では無いどころか、下手したら一般入試の彼らにとっては、1年生中心で西東京ベスト8の都立高校は、十分に魅力的と言えるだろう。
「わかった。思い出せる限り誘ってみる」
「任せた。とりあえず、俺が覚えてた選手は紙に書いてあるから」
「おっけー。あと、ダメもとで有名選手も何人か声掛けてみるね」
この人選は、有望な戦力を確保しつつ、他校の戦力も削る事ができる。
最悪、育成に失敗しても無駄にはならないだろう。
これで後輩の勧誘は問題ない。後は――。
「それと、在校生も勧誘したいな。戦力としては大して期待してねーけど、9人ギリギリはリスク高すぎるわ」
同級生、或は先輩の勧誘も必要である。
現状だと怪我人が出たら即ゲームオーバーだ。
この状況は大変よろしくない。
「うーん……秋だけでも、入部辞退した3人に協力してもらうとか?」
「なるほどな。ちなみに、彼らの実力はどんなもんよ。せめて代打で使えると助かるんだけど」
「かっしー……正史の富士谷って、阿藤さんや洋ちゃんが上位打線だったんだよ? あとは察してよ」
「クソの役にも立たないって事だな……」
分かってはいたけど、戦力の補強まではできそうにないな。
俺は大きなため息を吐くと、アイスコーヒーに口を付けた。
「中途半端に増えると21世紀枠で不利になるしな、いっそ昴にでも頼むか」
「あはは、ゴリくんよりは足速そうだし、代走では使えるかもね~」
そんな感じで、話は少しずつ脱線していった。
没収試合を回避できれば何でも良いし、サッカー部からのレンタル選手がいるとなれば、21世紀枠の加点要素になるかもしれない。
そんな事を思っていると、
「実にくだらん。戦力にならん雑魚など、何人誘っても意味はないだろう」
聞き慣れた声――堂上の声が、後ろから降り掛かった。
「な、何故お前が此処に……」
「ってか、何時から居たの……?」
「たった今来た所だが、喫茶店に入るのに理由などいらないだろう。強いて言うなら、ここのカツサンドが美味と聞いたので、食しに来たと言った所か」️
堂上の返事に、俺と恵はホッと安堵の息を漏らす。
危うく、未来人同士の会話を聞かれる所だった。今世紀最大のピンチだったまである。
「まあ、そんな事はどうでも良い。それよりも柏原、戦力にならん奴などいらん。誘うなら使える奴を誘え」
「そうは言ってもなぁ……」
1年生の野球経験者は恵の言った通りだ。
2年生の元野球部員も、練習が少し厳しくなって辞める程度――つまり、阿藤さんや島井さん未満の選手でしかない。
その中で、戦力になる在校生なんて存在するのだろうか。
「柏原、俺が富士谷を選んだ理由を覚えているか?」
ふと、堂上がそう聞いてきた。
「ああ、確か中学2年生の時に、田村さんとかいう先輩にエースを取られたんだよな。その田村さんが富士谷に入学したから、今度こそ決着を付ける為に――」
そこまで語ると、俺と恵は顔を見合わせた。
「いるじゃん!」
「いたな……」
まだ富士谷に選手は残されている。
堂上とのエース争いに勝利し、富士谷でも1年夏から主力になった男――田村さんだ。
田村選手については5話で1ミリだけ触れてます。