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13.秋の目標は

 夏休みはあっという間に過ぎていった。


 新チーム始動が遅れた富士谷だったが、相変わらず練習試合では無敗だった。

 とは言っても、相手の殆どは都立校。グラウンドに魅力が無く、専用バスを持たない都立校は、練習試合の相手も限られてくる。

 これは前から強い都立校でも変わらない。都立校の勝負弱さの一つとして、強豪との試合に馴れてないという部分もあるのだろう。


 その裏側――世間からみた表側では、甲子園という舞台で東京代表が躍動していた。

 東東京は関越一高、西東京は都大二高。どちらも3勝してベスト8となった。


 ここで注目したいのは都大二高の抽選結果だ。

 都大二高のキャプテン・新田さんは、本来の西東京代表――東山大菅尾とは違う番号を引いた。

 その結果、玉突きで後続の抽選結果に変化が起きて、組み合わせが中途半端に変化したのだ。


 引く人間が変われば抽選結果も変わる、という事なのだろうか。

 これは覚えておく必要がある。正史の記憶をフルに活かすなら、富士谷の籤を引く人間を変えてはいけない。

 つまり、俺達の世代で籤を引くのは野本という事になる。


 抽選と言えば、夏休みも終わりを迎えた頃、秋季東京大会ブロック予選の抽選が行われた。

 これは完全に正史通りで、富士谷は強豪不在の楽なブロックに入った。


 問題は会場だ。

 東京のブロック予選は、事前に決められた24校が当番校となり、各学校グラウンド、または当番校から近い球場で行われる。

 そして、富士谷ブロックの会場になったのは――。


「都大二高かよ……」


 第三の転生者・相沢が所属する都大二高グラウンドだった。


「正史通りだし仕方がないでしょ~。それに、都大二高とは当たらないし別によくない?」


 恵はアイスコーヒーを片手に言葉を返す。

 確かに都大二高はAブロック、富士谷はBブロックなので当たらないが、これで相沢との接触は避けられなくなった。

 はっきり言って面倒くさい。試合後に絡んで来る姿が容易に想像できる。


「ま、いいけどさ。本戦出場は決まったようなもんだし」

「代表決定戦の阿立西はちょっと強いけど、今ならコールドかもね~」


 もし負ける可能性があるなら、代表決定戦の阿立西くらいだ。

 ここは都立にしては強く、監督も実績のある人間が務めている。


 実際、去年の富士谷はこの高校に負けて、正史では今年も敗北する事となった。

 それでも、今なら10回やれば9回は勝てる。それくらいの差はあると言っていいだろう。


「で、今回はどこまで勝つつもり?」


 ふと、恵が聞いてきた。

 目標か。勿論、優勝と言いたい所だけど、最低でも越えたいラインが一つある。


「最低でも大山台高校よりは上に行きたいな」


 俺はニヤリと口元を歪めた。

 大山台高校とは、東東京の強豪都立であり、偏差値の高い進学校でもある。

 そして――。


「なるほどね~。つまり、大山台高校と入れ替わって21世紀枠で出ると」


 本来であれば、21世紀枠として、来年の選抜に出場する高校だった。


 21世紀枠とは何か。

 つまるところ、日本高野連の爺さん達が、


『んほぉ~、たまんねぇ~』

『境遇だけで抜けるわぁ』


 と言った感じで決める出場枠の事である。

 もう少し真面目に言うと、豪雪地帯、部員不足、進学校、離島など、野球環境に恵まれない高校を特別に選出する枠である。


 勿論、境遇が抜けるなら何でも良い訳ではなく、地方大会での上位進出が必要になる。

 そして――正史においては、大山台高校が東京ベスト8に進出して、21世紀枠に選ばれた。


「確かに富士谷は選手の少ない都立だし、理由が全く無い訳じゃないね」

「ああ。ただ大山台高校より根拠は弱い。だから最低でも1つ上――ベスト4には行きたいな」


 大山台高校は進学校であると同時に、グラウンドが狭いという逆境もある。

 一方で、富士谷はグラウンドも十分に広い。町内清掃くらいはやっているけど、それはどの高校も同じであり、名門の関越一高もやっていた事だ。

 たまに「地域に貢献している」という理由で選出される高校があるが、あれは日本高野連イチオシの伝統校を出す為の口実でしかない。


「まぁ保険というか、鈴木風に言うとワンチャンって感じだよね」

「ああ。アテにしない方がいいのは分かってる。あくまで最低限の目標だな」

「最低でもベスト4って……ふふっ、かっしーらしくていいとは思うけどね」


 甲子園の行き方は優勝だけではない。

 21世紀枠は勿論、東京なら準優勝でも一般枠で選出される事がある。

 最初はどんな形でも良い。先ずは甲子園に出て、都立でも行けるという事を証明する。

 そして――何時かは東京で一番になれるチームに仕上げたい。


「ちなみにさ」

「ん、なんだよ」

「かっしーは、一回だけ東京で優勝できるとしたら何時したい?」


 俺の決意を他所に、恵がそんな事を聞いてきた。


「んなもん最後の夏に決まってんだろ」

「あはは、やっぱそうだよね~」


 最後の夏、敗北して全てを失う感覚は、もう二度と経験したくない。

 そして――本来の俺は、出番の無かった1年夏以外では、選抜しか出場した事がない。

 そう言った意味でも、夏の選手権への想いは非常に強かった。


「お前は?」

「来年の秋。だって、お父さんと一緒にやれる最後のチャンスだもん」


 なるほどな。瀬川監督は来年いっぱいで定年退職する。

 つまり、瀬川親子で挑む高校野球は、最長でも再来年の選抜までという事か。


「じゃ、俺達の世代は秋夏と優勝しなきゃいけないな」

「あ、待って。やっぱ来年の夏も出たいな~」

「じゃあ夏秋夏か。随分と贅沢なマネージャーだな……」

「いいじゃんいいじゃん~。目指すだけならタダ

だしさ~」


 楽しそうにはしゃぐ恵に、俺は苦笑いを返した。

 ここから先、全ての甲子園に出るのは決して不可能ではない。

 ただ、現状では非常に難しい。ライバルが強力かつ多すぎる上、富士谷の選手層はあまりにも薄すぎるからだ。


「じゃ、そろそろ本題に入るか。その夢を実現する為にも――どうしたら富士谷が強くなれるのか」

「ふふっ、名門出身プロ注右腕様のプラン、楽しみだな~」

「ハードル上げるのやめろ」


 俺は呆れながらも、数枚のルーズリーフを取り出した。

余談ですが、正史の柏原は1年夏、2年春、3年春に甲子園に出ている設定です。

どこまで勝ち上がった等々は、物語が進むにつれて判明すると思います。

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