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11.良くも悪くも本領発揮

 合宿5日目、舞台は広神野球場。

 今日、ここで新潟明誠との練習試合が行われる。


 新潟明誠は新潟県屈指の強豪校。夏の新潟大会では準優勝だった。

 それでいて、来年から2年連続で甲子園出場を果たす事となる。


 その原動力となったのが、今日の先発投手を務める新村だ。

 体格は3年時で176cm72kg、今はもう一回りくらい小さいか。

 顔も勉強とか好きそうなタイプの黒縁眼鏡で、あまり野球が上手そうには見えない。


 そんな理系男子に見える彼だが、強豪校らしくストレートは常時130キロを超えてくる。

 そして、それ以上に厄介なのが変化球。複数のムービングボールに加え、ナックルボールとナックルカーブを扱えるのだ。


 ついたアダ名はナックル博士。

 まあ、ナックルボールとナックルカーブは全くの別物であり、カーブのほうは不規則変化をする訳ではないのだけれど、二種類のナックルを扱う事から、そう呼ばれる事となった。


「どう? 勝てそう?」


 試合前、恵がそう聞いてきた。


「新村から3~4点くらい取れりゃあな」


 抑える方はたぶん問題ない。

 のちに全国に行くだけあって、打線もそれなりに力があるが、夏に戦った東山大菅尾や都大三高、そして都大二高よりはだいぶ落ちる。

 3年生が抜けている上、新潟明誠には打で注目されている選手もいない。


 なんにせよ、この試合で富士谷の真価が分かる。

 この試合は正史では組まれていない。この夏の結果を受けて、急遽組まれた練習試合だった。

 つまり、インチキは一切つかえず、素の実力で勝負する事となる。


 富士谷のオーダーは昨日の2試合目と同じ、先発投手は俺で試合が始まった。

 先頭打者の池田が左打席に入る。いきなり左か、とも思ったが、落ち着いてボールを握った。


 一球目、新球種のスクリューから。


「ストライク!」


 ど真ん中を見逃されてストライク。

 クソ甘い球だったが、意表を突く形になったか。

 やはり、まだ大事な場面では使えそうにない。


 二球目、外角低めのストレート。これも見逃されてストライク。

 ちゃんと制球できているな。ちなみに、直球は基本的には縦回転だ。

 現状、螺旋回転は点差が開いたら使う、手抜き用の球でしかない。


 追い込んだ三球目。

 今までだと、左打者にはストレートかスプリットの二択だった。

 けど今なら――この球を使える。


「(え……おそっ……!)」


 池田のバットが空を切る。

 緩やかに沈む球――サークルチェンジが決まって空振り三振。

 この球は形になってきた。左打者に使える球が増えたのは非常に大きい。


 尤も、木田と相沢には通用しないだろうが、この二人はイレギュラーな存在だと割り切るしかない。

 そして――山本さんや崎山さん、新田さんなど、俺を完璧に捉えた左打者は、その殆どが3年生だった。

 彼らとはもう対峙しない。そう考えたら、左打者に怯える必要など、最初から無かったのかもしれない。


 そんな感じで、試合は俺と新村の投げ合いとなった。

 その中で、新チームの良い所と悪い所が、ハッキリと分かってきた気がする。


 まず、改善された部分は内野守備だ。

 とは言っても、これは富士谷の選手達が急激に上手くなった訳ではない。

 相手から3年生が抜けた結果、放たれる打球が全体的に弱くなり、捕球ミスが減ったというだけだ。

 つまり、送球や連携に関しては据え置きである。


 そして、改悪された部分は打線。厳密に言えば、好投手に対峙した時の打線だ。

 放たれる球が弱くなるのは投手も同じ。ただ好投手となれば、上級生と遜色ない実力を持っている。

 そうなってくると、1人増えた下位打線は全く得点が見込めない。孝太さんの偉大さを痛感する。


 最後に投手陣。これは言うまでもなくプラスになっている。

 俺と堂上、二人の好投手がそのまま残っているのは非常に大きい。


 結局、打者の残留戦力は9人いる内の1人であり、点にしかならない。

 一方で、投手の残留戦力は面になる。9人全ての打者と対峙できるからだ。

 秋は投手力という風潮があるが、これは上記のような要素が絡んでいるのかもしれない。



 試合は5回表を迎えた。

 俺は一死から6番に単打を許したが、後続を抑えてマウンドを降りた。

 5回2被安打無失点、三振も7個奪った。相手を考えたら完璧と言っていいだろう。


 6回からは堂上が投げた。

 転生という下駄を履いている俺とは違い、堂上は普通の好投手である。

 4回1失点なら合格、相手を考えたら2失点でも上出来と言っていい。

 そう思ったのだが、堂上は毎回走者を出しつつも、9回まで無失点で切り抜けた。


 強豪以上の高校において、夏から試合に出る1年生は数える程しかいない。

 一方で、秋からは多くの1年生が主力としてデビューする。

 それは今も昔も未来も変わらない。それだけ、2学年という差は大きく、1学年という差は小さい。


 そう言った意味でも、1年生が中心だった富士谷は、守りに関しては相対的にレベルが上がったと実感した。

 ただ攻めに関しては、個々で打てる選手は残っているものの、打線という意味では確実に落ちた。

 8回裏を終えて5安打2四球無得点(1併殺)という現実が、その繋がりの弱さを物語っている。


 9回裏、先頭打者は4番の俺からだった。

 マウンドにはナックル博士こと新村。何度見ても野球が上手そうな顔には見えない。


 一球目、無回転の緩い球――ナックルボール。

 空振りしてストライク。分かりやすいけど打てない、本当に気持ち悪い変化をする。


 二球目、速い球。見逃してストライク。

 複数あるムービングボールの内の一つか。ワンシームのような気がするけど、分からないな。


 高めの釣り球を挟んで四球目、またしてもナックルボール。

 打ち方が分からない。合わせるようにバットを出すと、流された打球はライト前に飛んでいった。


「おおー、さすが柏原!」

「ナックル打ったのは初じゃね~!?」


 ヤケクソで適当に打ったら当たってしまった。

 これは普通にやっても打てないな。1年秋からエースを任されたのにも頷ける。


 続く打者は堂上。

 下位の実力を考えたら、この打者で三塁まで進みたい。

 そう思った初球――。


「まじか~!」

「堂上すげー!」


 堂上はナックルカーブを捉えると、レフトスタンドに叩き込んだ。

 やりやがったな。無表情で勝ち誇ってくる姿が容易に想像できる。

 まあ……ナックルボールを打ったのは俺だけと言う事で、ここは引き分けに持ち込もう。


 なんにせよ、このチームの現実が見えてきた。

 俺が打って俺が抑える。或は、俺と堂上が抑えて、鈴木を交えた3人で点を取る。

 これが冗談では無いという事だった。

▼合宿五日目 練習試合

富士谷2―0新潟明誠

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