9.プロ注よりも怖い打者
合宿も後半となる四日目を迎え、この日は新チーム初の練習試合が行われる事となった。
舞台は再び大出高校グラウンド。同校に加え、中越後高校を交えた変則ダブルヘッターとなっている。
一試合目、富士谷高校と大出高校。
大出高校は新潟大会ベスト8の実績を持つが、強豪校を倒して勝ち上がった訳ではなく、明日も含めて一番弱い相手となる。
という事で、この試合では各々が本職以外の守備位置に就き、サブポジションの実用性を試す事となった。
尚、打順と守備位置は以下の通り。
1 右 鈴木
2 二 京田
3 遊 野本
4 三 堂上
5 一 柏原
6 左 渡辺
7 中 阿藤
8 捕 島井
9 投 近藤
極力、本来とは違う打順と守備位置に入らせた。
守備位置は試合中も弄る予定で、少なくとも渡辺には二塁も守ってもらう予定だ。
理由は――まだ公にはしていないが、俺達が狙っている大物中学生が遊撃手だから。
未来の渡辺には、阿藤さんが抜けた後の二塁手を担ってもらう。
他のポジションについても意図はある。
来年夏以降、恵が集めた下級生も交えるとなると、下位打線への代打や二枚看板以外の登板も視野に入る。
退いたポジションへのカバーは勿論、野手としても主力の投手陣は、守れる場所は多いに越した事はない。
そんな感じで、一試合目は将来を見据えた起用を試した。
例外は投手陣。これに関しては、明日の新潟明誠戦に備えて、今日は適当な人間に投げてもらう。
先発は正捕手の近藤。
肩が強いだけあって、ストレートはMAX131キロを記録した。
制球も悪くないが、変化球はスライダーとカーブのみで、どちらも大した事がない。
3回を投げきって1失点。急造投手にしては上出来な結果となった。
4回からは京田が登板。
彼も小柄ながら肩が強い。恵曰く、正史では控え投手も務めていた。
MAXは126キロ。都立の1年生にしては悪くないが、近藤とタイプが酷似していた為、継投の機能は果たさなかった。
3回を投げて3失点。近藤よりも打たれたが、実力としては同レベルと言った所か。
7回、8回は野本。
俺を参考にしたのか、サイドスローで球を放っていたが、これが凄まじく酷い出来だった。
結果無失点だったものの、四死球連発な上にストレートも110キロ台で計8出塁(併殺1、走塁死1)を記録。
これは使えない。乱打戦でも出番は来ないだろう。
そして、最終回は鈴木に任せてみた。
打者としては俺や堂上に並ぶ選手。決してセンスが無い訳ではないだろう。
そんな期待に応えるかのように、鈴木はキレのあるストレートとカーブを放って三者凡退に抑えた。
ただ、内容こそ悪くなかったものの、ストレートは120キロ前後と右腕にしては遅い。
例の大物遊撃手は投手も兼任している為、補強に成功すれば出番は無いだろう。
打線に関しては、1番に出塁率の高い鈴木、2番にバント要員の京田を置いてみた。
この形がハマるようなら、渡辺か野本を後ろに回せるので下位打線がマシになる。
そう思ったのだが、2番打者が1割打者というのは思ってた以上に厳しい。
何だかんだ5得点を挙げたものの、鈴木が残塁するシーンがよく目立った。
軽食を済ませて二試合目、富士谷高校と中越後高校。
中越後高校は新潟二強に次ぐ三番手で、10年後は新潟明誠と入れ替わる形で二強に昇格している。
今年の新潟大会でもベスト4。正史ではBチームを連れてきたらしいが、今回はAチームとやる事となった。
尚、富士谷のオーダーは以下の通り。
1 中 野本
2 遊 渡辺
3 一 鈴木
4 投 柏原
5 右 堂上
6 二 阿藤
7 左 島井
8 捕 近藤
9 三 京田
打順に関しては瀬川監督もまだ悩んでいた。
特に6番打者。中軸の後なのでチャンスの多い打順だが、上位と比べると打席が少なくなる可能性が高い。
ここに誰を置くか、駒不足のチームにとっては悩み所であった。
また投手陣については、俺と堂上は2回or一巡のみという縛りがある。
リミットを迎えた時点で交代し、残りの回を暫定三番手の島井さんが投げ切る予定だ。
主力投手の本番は明日の新潟明誠戦。
今日はあくまで調整登板。それに加え、中越後のプロ注目打者・村上さんとの一打席勝負が目的だった。
シートノック等を終えると、中越後高校の先攻で試合が始まった。
先頭打者は魚沼さん。長身の左打者で、その姿は山本さん(東山大菅尾の5番打者)を彷彿させる。
一球目、外のストレート。
大きく外れてボール。上手く言葉には出来ないけど、打たれる予感がして力んでしまった。
二球目、再び外のストレート。
これも枠に入らない。厳しく攻めすぎなのだろうか。
三球目、フロントドアのツーシーム。
今度こそ入れる事を優先したが――。
「うわっ!」
「デ、デットボール!」
思いっきり体にぶつけてしまった。
帽子を取って頭を下げる。今日はイマイチ調子が出ない。
2番打者は1年生の石打。標準体型の左打者だ。
なんだろう、何処となく構えが相沢に似ている気がする。
って、嫌な事を考えたらダメだ。試合に集中しよう。
近藤のサインは外のストレート。
先程は二球続けて大きく外してしまった球だ。
とにかくストライクが欲しい。入れる事を優先して慎重に――。
「よっしゃー!」
「いいぞ石打ー!」
ストレートは甘く入ると、石打はセンター前に弾き返した。
不味い、置きに行かないとストライクが入らない。
一瞬、イップスという可能性が頭を過った。
イップスとは、何か精神的な原因があって、思う通りにプレーできなくなる現象である。
野球の場合、送球や投球が乱れる場合が多い。
ただ、実践形式の練習では特に問題なく投げれていて、堂上や鈴木からも三振を奪っている。
……分からないな。やっぱ今日は体調が良くないのかもしれない。
無死一三塁、プロ注目のスラッガー・村上さんを迎えた。
182cm84kgと体格に恵まれた右打席で、高校通算23本塁打を記録している。
結局、正史ではプロ入りこそ果たさなかったものの、大学でもそれなりに結果を出した。
「プレイ!」
主審(大出高校の部員)のコールと共に、村上さんはゆったりとした動きでバットを構えた。
体も大きくて構えには風格がある。ただ、これは個人的な感覚だが、先程の打者より投げやすそうに感じた。
初球、外のストレートは決まってストライク。
二球目、外の高速スライダーは空振りしてストライク。
何か簡単に追い込めたな。
続く三球目、ボールを挟み込んで腕を振り抜くと――。
「ストライク! バッターアウト!」
プロ注目のスラッガーを三球三振で仕留めた。
新球種を試すまでもなく終わってしまった。先程までの不調が嘘みたいだ。
ただの気のせいだったのだろうか。
続く4番打者はセンターフライで仕留めると、5番の須原さんを迎えた。
スラッとした体格の左打者。その姿は木田に――。
「……ああ、なるほどな」
その瞬間、ようやく不調の正体に気付いた。
左打者だ。俺は左打者に対して、知らずの内に恐怖心を抱いていた。
東山大菅尾戦でスリーランを放った山本さん。
都大三高戦で幻の逆転タイムリーを放った木田。
そして――都大二高戦、試合を決めるグランドスラムを放った相沢。
いや、それだけじゃない。思えば、要所で打たれた相手の殆どが左打者だった。
俺は小さく息を吐くと、白球を挟み込んだ。
左打者へのイップスなんだろうが、こんな物は力技で断ち切ればいい。
外いっぱい、いつも空振りを奪っているコースへ、得意のスプリットを放った。
白球の行方は――。
「うわっ……!」
「魚沼ー! 走れー!」
大きく外に逸れると、近藤は後に逸らしてしまった。
ちょこちょこ伏線っぽいのがあった割には直に片付く案件だったりします。