7.逆張り右腕の新球種とは?
柏原視点に戻ります。
合宿も折り返しの三日目を迎えた。
スケジュールとしては、四日目と五日目に練習試合が組まれていて、六日目の午後に帰る予定となっている。
今日の舞台は県立大出高校グラウンド。
明日、この大出高校に加え、中越後高校と変則ダブルヘッターを行うのだが、大出高校は今日も遠征の為、グラウンドを借りる事となった。
大出高校は、今年の新潟大会でベスト8に進出した実績を持ち、設備も富士谷よりは充実している。
例を一つ挙げるならピッチングマシン。大出のマシンは150キロまで出るし、ボタン一つで球速や変化球を指定できる。
という訳で、今日はマシン打撃を中心に行う事となった。
いつも通りバックネットに打つ形式。そのほうが守備を省けるので、待ち時間にバットを振り込む事ができる。
例によって打者二人、球入れ二人(片方は畦上先生)、残りの人間とマネージャーでティーバッティングを行う。
その間、バッテリーは交代でブルペンにも入り、昨日と同様に新球種を試した。
「ねね、新しい変化球みせてよ」
投げ込みの最中、恵がそう持ち掛けてきた。
「いいけど、どれもイマイチだぞ」
「いいからいいから~」
恵に催促されて、俺は仕方がなく手首を回す。
近藤が頷くと、準々決勝で咄嗟に投げた球――サークルチェンジを放った。
「……良くない?」
「並の高校生には通じるけど、木田や相沢には打たれるな」
「うーん……かっしーって速い球多いから、いい緩急になると思うけどなぁ」
恵は首を傾げていたが、この球は雑魚狩りにしか使えない。
キチガイの木田に加え、得体の知れない相沢に対しては、分かっていても打てない球が必要になる。
そういった意味では、タイミングを外すチェンジアップ系の球は頼り無い。
「じゃ、次行くぞ」
気を取り直して、俺は螺旋回転のストレートを放った。
ミットの激しい音が響くと、恵は目を丸める。
「もしかしてジャイロボール? これは使えるでしょ~!」
「無理、こんなの全然珍しくないしな」
ジャイロボールと聞くと、どうしても凄い球に聞こえるが、これも決め球にはならないだろう。
何故なら、サイドスローからジャイロボールを放つ高校生は、決して珍しい存在ではないからだ。
多くの横投げ投手はシュート回転に悩む事になる。
大学以降となると、縦回転を放るサイドスローも珍しくないが、高校レベルだと縦回転のほうが希少価値が高い。
その中で、シュート回転の手っ取り早い改善策というのが、ジャイロ回転を掛ける事だった。
シュート回転の激しい投手だと、逆に癖球として武器にする場合もあるが、このジャイロ回転に頼るサイドスローは少なくなかった。
「え~、私はいいと思うけどなぁ~」
「ま、たまに混ぜるよ。縦回転のストレートといいスプリットといい、体に負荷がかかる球が多かったからな」
「うん、それがいいと思う。意識させるだけでも違うしね~」
「そうだな。じゃ、次が最後」
俺はそう言い残して最後の球種を放った。
右腕から放たれた遅い球は、左打者から逃げるように大きく落ちていく。
近藤のミットに収まると、恵は「おおっ」と声を漏らした。
「シンカーだね」
得意気に言う恵に対して、俺は鼻で笑う。
「スクリューな」
そしてドヤ顔で言い直すと、恵は首を傾げた。
「スクリューって左投げのシンカーじゃないの?」
「それは偏見というか、右腕はシンカー、左腕はスクリューを投げる傾向が強いってだけだな。あと某ゲームの影響も大きい」
スクリューは左投げのシンカー、という偏見があるが、これは大きな間違いである。
シンカーは沈む球、スクリューは落ちる球。もっと言うなら、スクリューのほうが遅く、カーブの逆方向版により近い。
そして、このスクリューを初めて放ったのは、意外にも右投手なのである。
現代でこそ、左腕はスクリュー、右腕はシンカーという印象を持たれているが、それは絶対ではない。
尤も、スクリューとシンカーの定義そのものが曖昧な部分があるので、他校の人間はこの球をシンカーと呼ぶだろうけど、俺は断固としてスクリューだと言い張りたい。
「まだ制球できないから実戦じゃ使えないけど、これは極めていこうと思う」
「え~、もう十分つかえるでしょ。ってか、サイドからスプリットに続いて、右からスクリューって……捻くれてるなぁ」
恵は目を細めながらも、少しだけ笑みを溢した。
確かに、少し珍しいかもしれないが、スクリューを扱う右投げのプロ野球選手は何人か存在している。
別に捻くれている訳ではない。
「これで終わり?」
「ああ。後は没だな」
「正史ではシュートも投げてなかったっけ」
「使えないから捨てた。あれはよく打たれてたし、堂上のシュートのほうが全然いいよ」
余談ではあるが、今日試した球種は全て新球種だ。
以前はシュートと普通のチェンジアップも使っていたが、今回はどちらも封印する。
元々、被安打率が高かった事に加え、他にも転生者が居ると分かった以上、持ち球の差し替えは必要不可欠だった。
後は――空振りの取れるカットボール、それから孝太式ツーシームも覚えられたらベストだ。
この時代のカットボール、ツーシーム、そしてスプリットは、まだ芯を外す球種という認識が強い。
これらの高速変化で空振りを取れると、相手打線にも大きな動揺を与えられるだろう。
「さっそく試すんでしょ?」
「勿論。特に明後日は試金石になるだろうしな」
合宿のメインイベントは、明後日に控える新潟明誠との練習試合だ。
この高校は、10年後こそ監督が勇退して弱体化しているが、この時代は新潟二強の一角として、全国でもコンスタントに勝ち星を挙げている。
新球種も含め、実力を試すには相応しい相手だろう。
「ふふっ……楽しみだね」
「ああ。けどその前に……」
「私達の部屋来るんでしょ?」
「んだよ、知ってたのか」
「そりゃ、鈴木が意気込んでたからね~」
あの邪悪の化身は本当に口が軽いな。
行く前に荷物検査が必要まである。怪しいものは全て没収しよう。