6.私達の決戦
引き続き卯月のなっちゃん視点です。
合宿二日目は早朝から朝練が行われた。
内容はシャトル打撃やラダーなど、駐車場でもできる範囲で行われる。
選手達は軽く汗を流すと、朝食からガッツリと肉や魚が振る舞われた。
二日目は川口運動公園野球場。
宿から20キロ以上離れているという事もあり、今回は選手も含めてバスで移動する。
堂上は「その程度なら走って行けるだろう」と言っていたが、時間が勿体無いので却下された。
今日の練習では、各々が本職ではない守備位置に着いて、所謂サブポジションの取得を目指した。
と言っても、これは今日から始めた訳ではなく、5月くらいから頻繁に行っている。
ただ、大会期間中は本職に集中させていたので、その光景を見るのは久々となった。
また投手陣は、新球種の実用化に向けて、ブルペンで投げ込む一幕もあった。
堂上はシュート。柏原に「既に使えるレベル」と評されるだけあって、速さもキレも申し分ない。
一方で、柏原は多彩な変化球を披露していたが「木田や相沢に通じる球じゃない」と首を傾げていた。
どれも実用性のある球に見えたけど……野球エリート様の考える事はよくわからない。
柏原といえば、合宿に入ってからというもの、圭太(野本)の打撃をやたらと評価している。
柏原曰く「投げる場所が見つからない」との事だが、私には以前との違いがわからない。
これには堂上も「わからん」と言っていたので、柏原しか感じられない何かがあるのだろうか。
そんな感じで二日目の練習が終わると、それから先は1日目と同様の時間を過ごした。
ちなみに、マネージャーの夕食は選手と同じものが振る舞われるが、私達は食べ切れない分を柏原や堂上に押し付ける。
この二人は本当によく食べる。高校球児としてはまだ細い部類なのに、食べた物はどこに収まってるのだろうか。
夕食を終えると、残りの時間はまったりタイムだ。
恵は寝る前に風呂に入る習慣があり、私と琴穂の二人きりの時間が発生する。
この時間が地味に辛い。私も琴穂も会話が下手なので、恵というコミュ力モンスターが居ないと間が持たないのだ。
私は携帯を弄りながら、横目で琴穂を観察してみた。
琴穂は壁際に座って、女性誌を広げながら、ペットボトル(天然水)に口を付けている。
この子はバカっぽく見えて、意外と美意識が高い。
風呂ではやたらと優しい手付きで化粧水を塗っていたし、ムダ毛は細部まで処理しているように見えた。
下着も可愛いのを沢山持っている。胸も僅かにだけど私より大きいし……って、それは関係ないか。
「げっふ……」
と、美意識を褒めたのも束の間、水を飲み干した琴穂はゲップを放った。
ただ、その姿も少し可愛げがあるのだから、やっぱズルいと思う。
「ふーっ! さっぱりしたー!」
大袈裟に扉を開けて、恵が帰ってきた。
彼女は相変わらず水色のロンTに身を包んでいる。
下は……見えないけど、何か穿いてるのだろうか。
「~♪」
恵はCHE.R.RYを口ずさみながら、冷蔵庫の扉を開けた。
そして、水色の布切れを取り出すと、足に掛けて上げていって――。
「って、ちょっと待て」
そこで、思考が遮られて言葉が出てしまった。
「どうしたの?」
「お前、いま何した?」
「パンツはいた」
今までノーパンだったのかよ。頭おかしいだろ。
じゃなくて、まあそれはどうでもいい。もう時間も遅いし、廊下に人なんていないだろうしな。
それよりも――。
「その下着、どこから出した?」
「見ての通り冷蔵庫だけど……」
「冷蔵庫だけど、じゃねえよ!!」
私が大きな声を出すと、端にいた琴穂はビクッと体を竦ませた。
思わず叫んでしまった。いや、これは人としてありえないだろ。
「夏場はこうすると気持ちいいんだよね~」
「いやいやいやいや、汚いからやめろよ!」
「別によくない? 飲み口に付くわけでもないしさ~」
「よくねーよ!」
そんな感じで悶着はしばらく続いた。
いつもは私が折れているけど、今日ばかりは譲れなかった。
だって……これは私が正しいだろ……!
ただ、恵にも相当な拘りがあるみたいで、お互いに一歩も譲らないまま暫くの時間が過ぎた。
このままじゃ埒が明かない。そう思った私は、
「ああもう! じゃあ勝負な! 私が勝ったらそれやめろよ!」
と、半ばヤケクソ気味に提案した。
「ふふっ……頭使わないやつならいいよ。何するの?」
恵は余裕たっぷりな態度をとっている。
勉強と運動以外なら絶対に負けない、という自信があるのだろうか。
思えば、私は恵に負けっぱなしだった。
恵はどこを見ても魅力的な女性だと思うし、マネージャーでありながら戦術面にも意見を出せる。
そしてなにより、入部してからというもの、私は恵に弄られっぱなしだった。
私は女としても、マネージャーとしても、恵に完敗を喫していた。
だからこそ――今日という今日は絶対に勝ちたかった。
「琴穂、カップリングゲームしよう」
「え、私……?」
私がそう提案すると、琴穂は少し戸惑いをみせて、恵は微笑んだ。
カップリングゲームとは。
自分が思うベストカップルを作って、それを発表するという、大変くだらないゲームである。
かつて私は、恵にこのゲームを持ち掛けられた。
そして、柏原×近藤という組み合わせを発表した結果、腐った趣味の女というレッテルを張られ、恵に弄られる日々が始まった。
勿論、私にそんな趣味はないし、かと言って腐った趣味を否定するわけでもない。
ただ、野球部でカップルを作れと言われたら、大半の女子は男同士で組むだろう。
そう、これは定められし摂理であり、女性に備わった本能の筈なのだ。
私は今日、自分が正しかった事を、琴穂に証明してもらう。
そして――恵に一泡吹かせて、あの日の呪縛から解放されるのだ。
「ふふっ、そうだね。琴ちゃんが考えるベストカップル、私も聞きたいな~」
「ああ。言っとくけど、本当に何でもありだからな」
私はそう付け加えると、恵が「あ、ずるい」と言って睨んできた。
あの頃よりは男女比が改善されている。この程度のハンデは貰っていいだろう。
「えー……うーん……」
琴穂は満更でも無さそうな表情で間を取った。
頼むぞ琴穂。昨晩、3回くらい便所に付き合ってやったんだから期待に応えてくれ。
「じゃあ……かっしーとどのーえっ!」
琴穂が答えたその瞬間、私は右腕を天に掲げ、恵は目を細めた。
勝った……やっぱり私が正しかったんだ。思わず笑みが溢れてしまう。
「えぇ……琴ちゃんもそういう趣味なの……?」
恵がドン引きしている。
ふふ、なんとでも言うがいいさ。これが平均的な女子の答えなのだよ。
「え、なにが?」
「カップルだよ? 男の子同士なんておかしいと思わない?」
「えー、だって何でもありって……」
ごねる恵に対して、琴穂は少しだけ言葉を溜めると、
「どのーえを女の子にしてもいいんでしょ……?」
そう続けたものだから、私は顔に手を当ててしまった。
余計なこと言わなきゃよかった。その発想は斬新すぎるというか、ぶっ飛びすぎだろ。
「なるほど~。つまりかっしーと堂子ちゃんって事ね~」
「うんっ! 流石に男の子同士は組まないよー」
なんだよ堂子ちゃんって。せめて剛士からとって剛子だろ。
というか、その二人なら堂上と竜子のほうがいい。少なくとも私はそう思う。
「なっちゃん、私の勝ちだね」
「いやいやいや! 私の勝ちだろ!」
「だって男女で組んでるし……」
「けど男子部員同士じゃねーか!」
そんな感じで、私達の言い争いは第二ラウンドに突入しようとしていた。
また長くなりそうだ。そう思った時、
「ふふっ……ま、今日は私の負けでいいよ」
恵は微笑みながらそう溢した。
「んだよ。意外と諦め早いな」
「あんまりしつこいと嫌われちゃうからね」
別にこんな事で嫌いにはならないけど。
まあ、引いてくれるならそれでいい。冷蔵庫に下着は受け入れたくないからな。
「けど珍しいね。なっちゃんから勝負しようだなんて」
「ああ……恵には負けっぱなしだからな。たまには勝ちてーなって」
「そんな事ないと思うけどなぁ」
そんな事あるだろ。
事実、私は劣等感を抱いていたし、少しばかり憧れていた部分もあった。
それくらい、恵は魅力的な女性であり、影響力のあるマネージャーだと思う。
「だって恵のほうが可愛いし」
「なっちゃんも可愛いよ」
「恵は戦術にも介入できるし」
「なっちゃんは守備を手伝えるじゃん」
「……恵のほうが胸も大きいし」
「ふふっ、それは否定しないけど」
畜生、そこはフォローなしかよ。
それにしても、絶対に謙遜しないあたり、自分に自信を持てているのだろう。
本当に羨ましい限りだ。
「けどさ、それは無い物強請りじゃないかな。私からしたら、練習に混ざれるなっちゃんが羨ましいよ」
恵はそう言って少しだけ俯いた。
練習に混ざれると言っても、手伝いの延長に過ぎないし、試合に出れる訳でもない。
ただ――この時の恵は、なんだかとても寂しげな表情をしていた。
「……私は戦術も分からないし、守備も手伝えないけどね」
放置されていた琴穂が端のほうで拗ねていた。
お前は4番でエース様のモチベーションになってるだろ、と言う訳にもいかなかったので、私達はご機嫌取りに精を出すのだった。
恵は家では下着で過ごすタイプだと思います。