4.合宿と言えば……(表)
夕食を終えた俺は、バットを片手に駐車場を訪れた。
駐車場は収容台数15台分の広さがあり、素振り程度なら部員全員が難なく行う事ができる。
そう思って来たのだが、駐車場に居たのは堂上と鈴木だけだった。
練習はただ長くやれば良いという物ではない。
それでも、全体練習でバットを振れる数というのは限られてくる。
名門校ですら、マシン、実践形式、ティーを合わせても、1000本に届かないのではないだろうか。
その少なさを補うには、個々でバットを振り込むしかない。
そんな訳で、3人はバットを振っていった。
俺のノルマは2000本。正史では1日500本だったが、土村は1日1000本、周平は1日2000本だと聞いた覚えがある。
だから、今回は周平と同じ2000本。
例によって堂上が張り合ってたので、2000本を越えても振り続けたが、正確な数はカウントしていない。
鈴木は恵を呼んで動画を撮らせたりして、マイペースに振り込んでいった。
それから再びシャワーを浴びて、ようやく部屋に戻る事ができた。
部屋は八畳ほどの和室で、同室の選手は鈴木と堂上。
これで1日目が終わる。そう思ったのだが――。
「かっしー、恵ちゃん達の部屋いこーぜ!」
「柏原、勝負だ。この中から好きな競技を選べ」
と、相変わらず下心丸出しの鈴木と、将棋やオセロを広げた堂上が持ち掛けてきた。
「いやー、ここは女子部屋っしょ! オセロとかいつでもできんじゃん!」
「実にくだらん。行くだけ時間の無駄だろう」
どうでもいいけど、彼らに寝るという選択肢はないのだろうか。
「ワンチャン、なっちゃんがパンイチで寝てるかもしれねーぜ?」
「卯月の貧相な体に興味などない」
卯月かわいそう。
というか、この民宿のトイレは共用部にしかないので、下着で過ごしてる可能性はゼロに近い。
この後も、そんな悶着が暫く続くと、
「鈴木、冷静に考えろ。初日はまだ指導者や先輩達も余力を残している。突撃するなら、疲労で監視が手薄になり、翌日に練習試合を控えている三、四日目あたりが無難だろう」
なんて堂上が言うものだから、俺は思わず「おまえも行きたいのかよ」と溢してしまった。
「逆に問おう。柏原、お前は行きたくないのか?」
「いきたい」
俺も男だから仕方がない。
パジャマの琴穂が待っていると考えたら、行かないという選択肢が無いまである。
「うっし、じゃあ女子部屋は明後日にして……好きな子を言い合おうぜ~」
「修学旅行かよ……」
鈴木の新たな提案に、俺は呆れながら言葉を返した。
「ふむ……いいのか? 一人だけ聞くまでもない奴がいるが」
堂上はそう言って俺を見た。
嘘だろ、コイツにすら気付かれてるのかよ。
「かっしーはバレバレだもんなぁ~」
「えぇ……俺ってそんなにわかりやすいのかよ……」
「うむ。あそこまで露骨なら誰でも気付くであろう」
そんな会話が続くと、堂上は腕を組ながら、
「柏原は恵だろう?」
と言い放つものだから、俺と鈴木は吹き出してしまった。
その発想は無かった。着眼点が独特すぎるだろ。
「なに……? なら妹か?」
「いや~、普通わかるっしょ~!」
流石にその二択は外さないか。ってか、お前の妹じゃねーだろ、ぶっ飛ばすぞ。
「ふむ……しかし、それにしては恵と一緒にいる時間が多いな」
「確かにな~。恋の相談でもしてんの?」
ああ、なるほど。
正史を交えた打ち合わせが、端から見たらそう捉えられる訳か。
正直に答える訳にはいかないな。
「ま、そんな所だな」
「えー、俺にもしてくれよ~。マジでキューピットになれる自信あっからよ~」
微塵も信用できねぇ。
鈴木に相談するくらいなら、玉砕覚悟で告白したほうがマシまである。
「つーか、お前らはどうなんだよ」
俺はそう言って矛先を逸らした。
恋話のタダ乗りは重罪だ。俺の好きな人を知られてしまった以上、彼らに聞き逃げは許されない。
「ふむ……確認になるが、共に遺伝子を残したい相手を選べ、という解釈で良いな?」
「……まあそれでいいわ」
「卯月だな。三人の中では勉強も運動も一番できる、優れた遺伝子の持ち主だと言えるだろう」
堂上は表情を変えずに答えた。
ポーカーフェイスだから、本心なのか照れ隠しなのか分からない。
「またまたぁ、本当は可愛いって思ってるっしょ~?」
「容姿も優れているとは思うが、それは3人に共通して言える事だろう」
「あっさり認めたな……」
「悪いか? ただ体のほうは貧相だな。恵のほうが下半身に響く」
正直すぎんだろ。
しっかし、全く動揺しないから本心には辿り着けない。
これ以上は時間の無駄だな。そう思って「じゃあ鈴木は?」と聞いてみると、
「いや~、みんな可愛いっしょ!」
と、ヘラヘラしながら言葉を返してきた。
それはズルいだろ。恋話タダ乗り罪で無期懲役案件だぞ。
「野球部じゃなくてもいいから一人挙げろよ」
「まあ待てよ。俺はマジで三人とも愛したいんだって。だから……代わりにシチュエーションを語ってやんよ」
鈴木はドヤ顔でそう言い放った。
シチュエーション……告白までの、或は付き合ってからの理想を語るという事なのだろうか。
よく話せるな。実質20代の俺ですら恥ずかしいぞ。
「誰がいい? 選んでいいぜ~」
「琴穂以外のどっちかで」
「じゃあ二人同時パターンで行くわ」
それどんなシチュエーション????
思わず声が出そうになったが、俺はグッと堪えた。
「なっちゃんってさ、クラスの友達少ないんよ」
へー、知らなかったな。
「で、恵ちゃんは、なっちゃんによく構うじゃん?」
確かに、恵は卯月をよく弄ってるな。
「なっちゃんは次第に、よく構ってくれる恵ちゃんに対して、友達以上の感情を抱く訳よ」
卯月が同性愛に目覚める前提か。悪くないな。
「なっちゃんは最初こそ素直になれなかったけど、それが恋心だと気付いて、その思いをぶつけようと決心すんだけど――」
それもう鈴木の出る幕ないよな?
「そこで、俺の登場ってワケよ!」
登場すんなよ。邪道すぎんだろ。
そこは二人を優しく見守ってくれよ。
「俺と恵ちゃんのラブチュッチュを見たなっちゃんは……」
「もういい、もういいから。そのクソドラマは打ち切りだから」
「えー。じゃ、かっしーから琴ちゃん寝取るパターンいっちゃう?」
「ぶっ飛ばすぞ」
コイツは邪悪の化身か何かか?
俺は思わず睨み付けると、鈴木は「冗談に決まってんじゃん~」と言葉を返した。
「いや~、琴ちゃんの為に富士谷に来た男の邪魔はできねえって。そこまで下衆じゃね~よ」
「なに……? そんな理由で進路を選んだのか。随分と不純な動機だな」
不純で悪かったな。
と言うか、堂上だってクソみたいな理由だったのを覚えている。
エースナンバーを奪った先輩に復讐するだとか、そんな感じだったのは確かだ。
鈴木が来た理由は――知らないな。
そういえば、鈴木が富士谷を選んだ理由は聞いた事がない。
彼は一体、どのような背景があって「女神ゴッコ」に釣られたのだろうか。
聞いてみたかったけど、今日は時間も遅かったので、俺は日を改める事にした。