3.合宿開始
▼合宿のしおり
1日目 AM富士谷発 PM練習/広神野球場
2日目 練習/川口運動公園野球場
3日目 練習/大出高校G
4日目 練習試合/大出・中越後/大出高校G
5日目 練習試合/新潟明誠/広神野球場
6日目 AM練習/広神野球場 PM富士谷着
西東京大会決勝戦当日、俺達を乗せた大型バスは富士谷高校を後にした。
八王子西ICから圏央道に入ると、鶴ヶ島JCTで関越道に乗り換える。
やがて群馬県直前――藤岡JCTの手前まで来ると、上里SAで休憩が与えられた。
「しっかし、一週間もあるといろいろ困るよなぁ」
男子トイレの中で、京田がそう溢した。
俺も男なので「いろいろ」が何を示しているのかは察せるけど、そういうのは言葉に出す事じゃないだろう。
とは言っても、ここには男子しかいないし、別に大した問題はない。
ただこの前の事もあって、京田達にはつい神経質になってしまう。
「ばっかおめー、何のためにマネージャーが3人もいると思ってんだよ~」
そんな事を考えていると、鈴木がとんでもない事を言い出したので、俺は思わず睨んでしまった。
この瞬間、本来は自由である宿の部屋割りが一つ決まった。
鈴木は俺の監視下に置こう。何をやらかすか分かったもんじゃない。
休憩を終えるとバスは群馬県を走り抜けた。
渋川伊香保IC、沼田IC、水上ICあたりは、大学時代に何度か降りたことがある。
野球を辞めてオンラインゲームに没頭していた中で、数少ない運動機会というのは、大学の友人と行くスノーボードだった。
個人的に好きだったのは、水上から一番近い所、沼田の最果てにある所、嬬恋の空いている所だったが、今回の人生では無縁で終わるのだろう。
やがて、果てしなく長い関越トンネルを潜り抜けて、新潟県に突入した。
湯沢の禿げた山々(たぶんスキー場)が出迎えると、もう少し先にある小出ICで関越道を降りる。
そこから更に20分、標高200m程の小綺麗な民宿でバスが止まり、ようやく到着となった。
「ふむ……悪くはないな」
「うひょ~、これワンチャン混浴あるっしょ!」
「お前らほんっとブレねぇな……」
大変失礼な堂上と、下心しかない鈴木を見て、俺は思わず言葉を漏らす。
「そういうかっしーは、ちょーっとテンション上がってな~い?」
「確かに、普段ならこの程度の発言は拾わないだろう」
「気のせいだろ。ほら、余計な荷物置いたら球場いくぞ」
二人にそう指摘されて、俺は適当にはぐらかした。
実のところ、俺は都立の合宿というのが楽しみで仕方がなかった。
と言うのも、関越一高の合宿というのは、自宅通い組が寮に泊まるだけという、新鮮味の欠片もない内容だったからだ。
もっと言うなら、今回は琴穂もいる。この高揚は、楽しみなんて安っぽい言葉じゃ表せない。
そんな訳で待望の合宿が始まった。
1日目は広神野球場。この場所から約8キロという事もあり、選手達は走って向かう事になった。
ド田舎特有のアップダウンに体力を奪われる。
標高はそこまで高くないけれど、故に東京と暑さも大して変わらない。
何だかんだ言っても1番に着いたけれど、思っていたよりもキツい合宿になる予感がした。
やがて全員が到着すると、弁当で昼食を済ませてから練習が始まった。
内容自体は普段の練習と大差無い。ただ、ノックのペースだとかは、心なしかハイテンポな気がする。
選手達は必死に白球を追っていて、その姿は名門校と変わらない。
マネージャー達もせっせと補助に勤しんでいる。
ベンチに巨大な蜘蛛がいたとかで、彼女達は不要な場面でも休憩に入らず、球拾いや球速測定に精を出していた。
虫に苦手意識を持つ辺りは、いかにも女の子らしいと言えるだろう。
やがて練習はシート打撃に移った。
先ずは俺から登板。堂上、鈴木には全力に近い投球をして、他の選手には7割程度で相手をする。
今まではそれでちょうど良かったのだが――。
「じゃ、次は僕だね。お願いしまーす!」
左打席に入った野本が、やたらと打ちそうに見えた。
こいつ……こんなに威圧感あったか?
具体的には上手く言えないけど、抑えられる気がしないまであった。
一球目、二球目と力を入れてみたけど、大きく外れてボールになった。
三球目、苦し紛れにストライクを取りに行った甘い球は、軽々と弾き返されてライト(堂上)の頭を越えた。
「ひゅ~! のもっちいいね~!」
「すげー、柏原から長打かよ!」
マジかよ。夏大を通じて何か掴んだのか?
だとしたら朗報だが……野本の威圧感を前に、俺は言葉にできない不安を感じた。
やがて練習を終えると、17時くらいにはバスで宿を目指した。
選手達は3人交代で風呂に入り、汚れたユニフォームは一纏めにしておく。これはマネージャーが洗濯して、合宿中に再び着る事になる。
全員が風呂から出たら晩飯だ。
茶碗一杯に盛られた白米に加え、チキンソテー、白身魚のフライ、しょうが焼き等が、これまた皿いっぱいに盛られている。
「お、多くね……? つーか主菜が3つもあるんだけど……」
京田がそう溢した。
相変わらず意識低いな、と言いたい所だが、まだ喋る余裕があるだけマシかもしれない。
主食がサラダパスタの阿藤さんは、黙ったまま「無理」と表情に出ている。
「最低でも3杯食うと考えたら普通だろ。5、6杯いくなら足りないくらいだわ」
「えー! そんな食えねーよ!!」
不味いな、また口論になりそうだ。
そう思った時、
「そうだね、じゃあ3杯は最低ノルマにしようよ。僕達まだ細いし、運動量考えたらこれくらい食べないとね」
と、野本が加勢してくれた。
ナイス眼鏡。データとか好きそうな顔は伊達じゃないな。
「あ、じゃあインチキしないように私達が盛るね~」
更に恵がそう続けると、京田は「仕方ねーな」と呆れ気味に言葉を溢した。
今回はこっちに軍配が上がったな。まあ、本当に不服そうなのは阿藤さんだったけど。
そんな訳で食事の時間が始まった。
例によって堂上が対抗してきたが、負けるつもりは微塵もない。
とっとと一杯目を処理して炊飯器に向かうと、
「あ、私が盛るっ!」
と言って立ち上がったのは琴穂だった。
俺が茶碗を渡すと、琴穂は白米で山を描く。
その一生懸命な姿に、つい心を奪われてしまった。
「これもう手料理だろ……」
「突然ボケに回るのやめろ」
ふと心の声が漏れると、卯月がすかさず突っ込んできた。
声のボリュームを抑えて言ったのは、彼女なりの気遣いだろうか。
俺と堂上はあっという間におかずを消費すると、今度は調味料で白米を食す事となった。
俺は七味とマヨネーズ、堂上は胡椒を武器にしたのだが――。
「まて、胡椒はねぇだろ」
と、思わず突っ込んでしまった。
それは味付かないだろ。もう白米だけで食えよ。
「実に浅はかな考えだな。これで実質リゾットになるだろう」
「浅はかなのはお前の味覚だよ」
リゾット舐めすぎだろ。
そう思って追撃をかましたら、卯月に「七味とマヨネーズもねぇよ」と言われてしまった。
分かってないな。七味マヨ飯は関越一高のソウルフードだと言うのに。
結局、余計な脂質が仇となったのか、この勝負は7対8で堂上に軍配があがった。
鈴木と近藤は3杯を完食したけど、他の面々は3杯目で苦戦している。
一応、監視も兼ねてこの場に残ろう。
暇だったので、西東京大会の結果を確認してみる。
決勝戦
都大二106 002 211=13
都大亀000 000 011=2
【二】横山(6)、折坂(2)、大野(1)―小西
【亀】勝吉(2.2)、小高(4,1)、赤星(2)―西田
分かってはいたけど都大二高の圧勝か。
こうなってくると、相沢さえいなければ優勝できたかもしれないな。
と、話した事もない相手に苛立ちながら、合宿1日目が終わろうとしていた。
合宿編は少し尺を取りますが、公式戦までは1章と同じか、それよりも短い話数で突入すると思います。