1.意識の違い
新章スタート。
都大二高に敗北した翌日、選手達には1日だけ休暇が与えられた。
と言っても、何処かへ遊びに行く気力は無く、俺は部屋で寝転がっていた。
『ここで1年生の松岡くんを迎えましたが……内野は前進しましたね』
『ええ。国修館としては、10点目は与えられませんからねぇ』
テレビの向こうでは、東東京大会の準々決勝が行われていた。
世田谷区の強豪・国修館と関越一高の一戦。まだ4回だが、関越一高が9対0と大きくリードしている。
『おおっと、これは大きい、大きいぞ! レフトの笠井くんは振り返らない!! 入りました!! 1年生、松岡くんのツーランホームラァン!!』
『いや~、これで1年生ですかぁ。スタンドで待機してる帝皇高校の前澤監督も、今ごろ苦笑いしてるんじゃないですかねぇ』
目を離した隙に、かつての親友・松岡周平がツーランを放って11対0となった。
正史通りとはいえ、強豪校を圧倒する様は、つい羨ましく思ってしまう。
……未練は断ち切れた筈だったのに。
それなのに――今になって、関越一高への未練が沸々と湧き上がってくる。
それは決して、大敗したからでも、関越一高より先に負けたからでもない。
原因はもっと別の部分にあり、それが今の俺を悩ませていた。
※
遡ること1日前、都大二高に敗戦した後、俺と恵は別々に帰る事になった。
というのも、恵は瀬川監督と一緒に帰る為、別行動を取らざるを得なかったのだ。
恵は「かっしーも一緒に帰ろうよ」なんて言っていたが、監督と一緒に帰るのは大変肩身が狭い。
と言うわけで、ダラダラと球場に残っていた近藤、渡辺、京田と帰る事になった。
渡辺は彼女と姉に置いていかれたらしく、暫くはその話題が続いていた。
「しっかし、最後はコールド負けか。残念な結果で終わっちまったな」
そんな中、近藤がそう溢した。
残念とは言うけど、下級生中心の都立校が、強豪名門を2枚抜きしてのベスト8だ。
負けた事は凄く悔しいし、その内容には満足できないけど、客観的に見たら上出来すぎる結果と言えるだろう。
「いやー、けどベスト8だぜ? 都大三高も倒したし、スゲー事したと思うけどなぁ」
京田が言葉を返す。
そう、成し遂げた事は決して小さくない。それは誇っていい事だと思う。
しかし――京田が次に放った一言に、俺は思わず目を丸めてしまった。
「俺、もう満足しちゃったわ。これがピークだろうしな!」
その発言は、思わず「は……?」と言いたくなる程、信じがたい内容だった。
「おいおい、満足しちゃダメだろ。甲子園まで後3勝、最低でも初戦突破すると考えたら後4勝は必要になるんだぞ」
思わず口を尖らせてしまった。
今がピークって……関東大会に繋がる春も含めて後6大会、全部都内で負ける気なのかよ。冗談じゃない。
「甲子園って、普通に考えたら無理だろ。孝太さんはもういないし、ここ都立だぜ?」
「逆に言えば他は全員残るだろ。主力が抜けるのは他も同じだし、都立かどうかは関係ねーよ」
「けど今日はコールド負け、菅尾戦や三高戦だって半分は運だったじゃん。こんな幸運もうないって」
運じゃねえよ、未来を知った上での戦略なんだよ。
と言う訳にもいかなかったので、俺は言葉に詰まってしまった。
そんな中、
「ま、まあまあ。恵ちゃんが凄い後輩を沢山連れて来たら、もっと強くなるかもしれないよ」
仲裁で入ったのは渡辺だった。
俺をフォローしてくれるのか。顔だけでなく心もイケメンだな。
「だいたい、それもどうなんだよ。そりゃあ、野本や渡辺あたりまでは安全圏なんだろうけどさ。俺やゴリ、それに先輩達は最悪ベンチ送りだぜ?」
「そうならないように、これから沢山練習すりゃいいだろ。富士谷にはナイター設備があるし、平日の練習時間はまだ増やせる」
京田が拗ね気味だったので、俺は宥めるようにそう語った。
その瞬間、
「あ、それはちょっと……。姉ちゃん心配するし、姫子(彼女)とも連絡とりたいし……」
と、渡辺に全力で梯子を外されてしまった。
練習より彼女優先かよ。くそ、富士谷に来た理由が理由だけに、俺も強くは言い返せない。
「俺も反対。時間内ならどんだけ厳しい練習でもいいけどさー、帰りが遅くなったら自分の時間が減るじゃん」
京田もそう言葉を続ける。
嘘だろ……俺が異端児みたいな扱いになっているじゃないか……。
「近藤、お前はどうなんだよ」
「え? 俺は……」
俺は近藤に助け船を求めた。
同じシニア出身のゴリラなら、かつて「柏原と一緒なら甲子園も夢じゃない」と言った彼なら――きっと俺の味方してくれる。
そう思っていた。
「わからん」
「わからないって何だよ」
「わからないけど……富士谷に来た人間ってのは、甲子園よりもレギュラーが欲しかった人間なんじゃねーかな」
「何だよそれ……」
理解ができなかった。孝太さんの涙を見て、そんな甘い事を言える神経が。
後になって「もっと頑張ればよかった」と思った時には、もう全てが手遅れだというのに。
「柏原にはわかんねーだろうけど、俺にはわかるんだよ。絶対に勝てない相手が同じポジションにいる……終わりの見えない控え生活の辛さがよ」
「あー、近藤も補欠だった系? 俺もなんだよな~」
真剣に語る近藤に対して、京田はヘラヘラと言葉を返した。
「ま、コールド負けがショックだったのはわかるけどさ。少し冷静になろうぜ」
「うん。これ以上厳しくしたら、先輩達もついて来れないだろうしね」
続けてそう宥められると、話題は再び渡辺の彼女の件に移っていった。
今の俺は――選手達との温度差に悩み、都立という環境でやっていく自信を失っていた。
都立の選手の意識を変えていくのもテーマの一つ的な感じです。
1章ではあまり触れなかった仲間の掘り下げも少し出来たらなぁ、と考えています。